突然だが金曜・土曜とかけて学会(Mid West区域の大学や研究機関が参加する小部会)に参加するためにChicagoに行ってきた。とはいってもワタシはこの研究室に来てからまだ2ヶ月しか経っていないわけなので、当然、発表できるネタなんてないのだが、ボスが行くといいと言ってくれたのでお言葉に甘えることにしたのである。
基本的に今までのラボでは学会の旅費なんかはあまり出してもらえなかった方だったのだが、今回は全部持ってくれた。発表しないにもかかわらずね~。まあだけど大学のレンタカーを借りてChicagoまで行ったので、通常の学会旅行なんかよりは全然、疲れたのだが。
Chicagoは個人的には初めて。大都会と言えばNYCやDCには行ったことはあったんだけど。まあ今回は純粋なビジネストリップということで、基本的に観光はナシ。それでも金曜日に早めにAnn Arborを出たので、夕方ごろにはChicagoのダウンタウンや周辺を散策することができた。車でだいたい4~5時間くらいだろうか。
学会会場はこれまた有名なシカゴ大学。何度か職を求めてメールを出したことはあったが、訪れるのはやはり初めて。小部会ということもありセッションは1つだけのこじんまりとした学会だったが、結構、いろんなヒトと知り合いになることができた。特にカンサス大学でファカルティになっている日本人の先生と知り合えたのは幸運か。というのは前の職場(モンタナ州立大)のボスのことをよく知っておられて(それどころかGCの推薦書を頼んだAndyとも仲がよいとか、いやはや世界は小さいねぇ)、米国でのポジション取得の苦労をとても理解してくださった。そして推薦書とかでなにか困ったことがあったら是非言ってくれともおっしゃってくれた。感謝である。
ほかにもモンタナを出る直前に知り合いになったDuston(彼はUMでPhDを取って、モンタナのMさんのラボでポスドクをしている)のコトを知っている学生とも知り合いになった。まあ彼はUMの化学科卒だったので、Ann Arborのどこかで彼の同僚に会えるだろうとは思っていたが、Chicagoで会えるとはちょっと意外。まあUMは広いので(ワタシの職場から化学科まではバスで7分くらい)、なかなかおいそれと化学科の建物までいけないんだがね。
総じて今回の学会参加は収穫があったと思う。そのほか、今回はボスの計らいもあり妻を連れて行くことができたことも大きかったな。彼女はChicagoみたいな米国の大きな街を体験したことがなかったので、よい刺激になったのではないだろうか。ワタシ自身は彼女をA2に残さなくて良かったので助かったし、同僚のSさんの友人オススメの韓国レストランも美味しかった。
非常に充実した週末であったと思うし、来年には良いデータを携えて参加したいと切に思ったのである。
基本的に今までのラボでは学会の旅費なんかはあまり出してもらえなかった方だったのだが、今回は全部持ってくれた。発表しないにもかかわらずね~。まあだけど大学のレンタカーを借りてChicagoまで行ったので、通常の学会旅行なんかよりは全然、疲れたのだが。
Chicagoは個人的には初めて。大都会と言えばNYCやDCには行ったことはあったんだけど。まあ今回は純粋なビジネストリップということで、基本的に観光はナシ。それでも金曜日に早めにAnn Arborを出たので、夕方ごろにはChicagoのダウンタウンや周辺を散策することができた。車でだいたい4~5時間くらいだろうか。
学会会場はこれまた有名なシカゴ大学。何度か職を求めてメールを出したことはあったが、訪れるのはやはり初めて。小部会ということもありセッションは1つだけのこじんまりとした学会だったが、結構、いろんなヒトと知り合いになることができた。特にカンサス大学でファカルティになっている日本人の先生と知り合えたのは幸運か。というのは前の職場(モンタナ州立大)のボスのことをよく知っておられて(それどころかGCの推薦書を頼んだAndyとも仲がよいとか、いやはや世界は小さいねぇ)、米国でのポジション取得の苦労をとても理解してくださった。そして推薦書とかでなにか困ったことがあったら是非言ってくれともおっしゃってくれた。感謝である。
ほかにもモンタナを出る直前に知り合いになったDuston(彼はUMでPhDを取って、モンタナのMさんのラボでポスドクをしている)のコトを知っている学生とも知り合いになった。まあ彼はUMの化学科卒だったので、Ann Arborのどこかで彼の同僚に会えるだろうとは思っていたが、Chicagoで会えるとはちょっと意外。まあUMは広いので(ワタシの職場から化学科まではバスで7分くらい)、なかなかおいそれと化学科の建物までいけないんだがね。
総じて今回の学会参加は収穫があったと思う。そのほか、今回はボスの計らいもあり妻を連れて行くことができたことも大きかったな。彼女はChicagoみたいな米国の大きな街を体験したことがなかったので、よい刺激になったのではないだろうか。ワタシ自身は彼女をA2に残さなくて良かったので助かったし、同僚のSさんの友人オススメの韓国レストランも美味しかった。
非常に充実した週末であったと思うし、来年には良いデータを携えて参加したいと切に思ったのである。
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cooyou 妻はそのクラストの厚いピザに興味があったみたいですが、時間がなくていけなかった模様です。まあいまいちみたいなので、そこの時間をかけなくてよかったかな?
モンタナに比べれば研究に関しては遙かに羽振りがよいのが感じられます。実験器具や試薬なんかも極力安く収まるようにモンタナではしていたのですが、ここでは高いものをポンポンと平気で買ってくれます。ただコレはもしポジションを取れてPIになったときに悪い癖が付きそうですよね(^^;)
Seedless raisin いまの担当教員は旅費を非常に渋るので、米国国内の会議に年二回程度しか行かせてもらえません。研究費の旅費枠が少額とかで。
大きな大学とかで羽振りが良いと、状況が違うのかもしれませんね。奥さんも一緒に行けたのは何よりですね。
シカゴは以前、会議で一度行ったことがあります。名物のクラストの厚いピザを食べましたが、うーんという感じでした。あとはとうもろこしデザインのツインタワーを見たのを覚えています。
先々週からラボには通常ベースで常駐している。とはいってもP450関連の論文を読み続けているのだが。モンタナとの大きな違いはボスが夕方頃に(雑談も含めて)研究について話しかけてることか。これは○工大時代に似ているなあと感じる。改めてアクティブなラボはこうでなくっちゃね!と思ってしまうこの頃。膨大なペーパーワークが終わり建物に入るカードキーとIDが発行されたので、やっと自由にVAのリサーチセンターに出入りできるようになった。IDはHR(ヒューマンリソース)で写真を撮られ直ちにラミネート化されて渡されたのだが、なんだか上に向きすぎていて変な写り具合。これで本人照合ができるのか?
このペーパーワークの果てにはUMのID番号の発行と大学のPCやサーバーへのアクセス権が付与された。ついでに保険の登録も。妻の分はSSNの発行がまだなので、書類をPayrollに提出。(そのPayrollも大学からちょっと離れたところにあるので超不便なんだなぁ)そんで意外なことだが8月分の給料も出た。これは予想外で助かったのであるが、初回は銀行振り込みではないので、その学外のPayrollに取りに行かねばならない。これは明日の朝、ラボに行く前に取りに行くことにする。
ラボの中はとっても静かである。少なくともUDやMSUよりもずっと静か。論文を読むにはもってこいの環境である。ここではPCも大学側から支給されるので、論文もダウンロードし放題。さすが米国のトップ校の一つだけあって、購読している雑誌の数も半端ではない。さらにPCで作成したデータはローカルのHDDに保存するのではなく、ネットワーク上流にオンライン接続されたHDDに保存するようにとのこと。このオンラインストレージは冗長化(たぶんRAID)されているので安全なんだそうだ。何もかもが先進的でビビった。
さて研究である。ここでのボスはワタシにヒト由来のP450の大腸菌での発現系を作ってほしいらしい。22番染色体にコードされているP450で、現代人が取り得る薬の3割近くを代謝するとのことで、薬学的に非常に重要なのだ。一応、遺伝子いじるのは専門じゃないおって言ったんだがなぁ。しかもそいつは膜タンパク質なので精製の経験すらねぇ!つまりはじめから新しいこと始めることになったんだな。とりあえず座学で何とかなるところは論文をたくさん読んで何とかするんだがね。でもヒトの遺伝子を大腸菌で発現って聞くからに発現効率が悪そうだ。だいたいMSUでいじっていた土壌細菌の遺伝子だってそのまま大腸菌にぶち込んでもマトモなタンパク質ができないんだぜ?同じ原核生物同士でこの有様なのにね。ただこっちのタンパク質は発現系に関しては成功例があるから勝算がある模様。ただ発現効率を高めるためにメッセンジャーRNAの推定二次構造から膜貫通部分のαヘリックスをコードする塩基配列をデザインしてくれと......そんなことを伝えられた今週であった。
ところでまだUMのIDをもらっていないので(もらったのはVAのID)、市バスにタダで乗れない。だから朝晩は妻に送り迎えしてもらっているのだが、今日は試しにバスで帰ってみることにした。ちなみにバスで40分くらいかかる郊外に住んでいるが、自分の車だと15分だ。バスが時間がかかる理由は、今日のルートは一度、ダウンタウンにいって乗り換えしたためである。実は初めてAnn Arborのダウンタウンに行ったのだが、なんだか楽しげなレストランや建物がいっぱいあった。まあBozemanとは大違いである。
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cooyou >こてくん
うん、ちょっと焦ってる。でも、なんとかなるでしょ~とか思っていますわ。
こて うへーーー。
P450でしかも膜タンとか、スーパーめんどくさそうですね。
平行して他のも走らせないと、撃沈しそうでハラハラしますね。
cooyou ありがとうございます。医学部所属のラボという響きは確かになんだか未知の世界みたいですよね。
まあうちのボスの研究は生化学寄りなので、モンタナでの研究と似ておりますが。
自分としてもポスドクのみのラボというのは初めてなので、不安と期待に満ちあふれておりますが、がんばっていきたいです。
病院で研究ってかっこいい響き
Seedless raisin 新しいラボは病院に所属しているのですね。大学のいわゆる研究室しか知らない自分からすると未知の世界でかっこいい感じがしますね。設備を含め、研究環境に恵まれている様子ですので、早く実験結果がでるようになると良いですね。
来週の始めに液体ヘリウム温度で電子スピン共鳴(ESR or EPR)によるタンパク質の測定を行うのだが、サンプルをできるだけフレッシュな状態で測定したいため、週末にかけてサンプル調製をしている。ところが、前エントリでもふれたのだが、分子量分画用のゲル濾過クロマトグラフィーの一つであるSuperdex200のカラムが割れてしまったため、ちょっと実験計画に狂いが生じている。
まあ今更、過ぎたことを言っても仕方がないんだが、個人的には収まらないので、ここでグダグダ書かせてもらおう(というわけで、本エントリは不満の垂れ流しなので読み飛ばしてもらって結構である)。
今回測定する試料は、以前にも触れた亜酸化窒素還元酵素というタンパク質のある酸化状態のもの。以前も測定をしたのだが、どうも明瞭な結果が得られなかったために再測定となったものである。
この愚痴を始める前にちょっと背景を説明しよう。亜酸化窒素還元酵素は全部で12コの銅イオンをもつタンパク質なのだが、これは空気中に放置すると銅イオンを失ってしまう。それに伴い酵素活性も失われてしまうため、精製などは嫌気雰囲気下で行わなければならない。だから酵素活性の有無は実験者の嫌気下での操作にかかっているといっても過言ではない。
2005年にこのラボに参加してからすでに34回、精製を行っているが、最初の頃の4回くらいはまったく活性を持たないタンパク質しか得られず、10回目くらいまでは低活性のものしか精製できなかった。まあ言いたいことは、何度も精製を繰り返して経験を積まないと高活性のタンパク質が得られなかったということなんだが......まあともかく、この亜酸化窒素還元酵素を精製する場合、ワタシはルーチンワーク(必ず行う決まり切った作業)として、まずタンパク質濃度を決定する。通常は紫外吸収帯の強度から見積もるのとタンパク質アッセイ(ワタシの場合はBCAかビュレット法)で濃度を見積もってから、それぞれの値がほぼ同じであることを確認する(もし同じにならなければ精製度が悪い可能性があるので、高活性は望めない)。そして銅イオンの量(原子吸光法)と無機硫黄の量(Broderick法)を決定してから、酵素活性を測定する。従って、酵素活性が低かったり、銅イオン量が少なかったロットは当然、クリティカルな実験には使用しない。これがスタンダードだ。
で、今回の酸化状態のタンパク質はさらにフェリシアン化カリウムで酸化してから、さらにある試薬を用いて部分還元させることで得られる。ちなみにこの酸化状態のタンパク質にとっても興味を持っていたのが、Stanfordの某有名な計算化学のグループ。ワタシの前任者にも催促していたのだが、うまくできなくてお蔵入りしていた。
最近(といってももう4年ほど前)になって、ワタシはその酸化状態のタンパク質を得る良いアイデアを思いついた(ちなみにちょうどその頃にボスを説得して購入したのが、上述のSuperdex200カラムだ。だから壊されてかなりアタマに来ているのもわかっていただけるかな?)。そんでそのアイデア通りにやってみたら、予想通りにその酸化状態とおぼしきモノが得られたわけ。ただそれを証明するためにEPRを測定してスピン状態を同定しなければならない。そーいうわけで、いままで時間が掛かっていたのだ。
さてさらに最近になって、その某学生がその酸化状態の亜酸化窒素還元酵素を用いた実験を始めたんだ。ただそいつの実験にはちょっと問題がある。先ほど述べたスタンダードを全く満たしていないタンパク質を用いて実験しているのだ。もちろん嫌気下での精製法や一通りの同定法はレクチャーしたんだがね。こんな状態のものを用いて結果が出てきても、正直言えば評価できないと思うんだ。例えば、ワタシの測定した電子スペクトルと彼のを比較すると強度が違うんだよ。それで銅イオンの量を聞くと少ないとか、酵素活性を測っていないとかいうわけさ。
まあ学術的なワタシの彼に対する不満は最終的に本人の問題となるので、それは良いとしよう。ただそんな稚拙な実験をしていて装置を壊しましたというのはちょっとむかつくわ。特に前エントリでも触れたけど、ワタシにはここでの時間がもう2ヶ月を切っているんだよ。そのタイミングで機器が1,2週間使えなくなるっていうのは、正直イタい。
さらに言おうか。来週のEPR測定は3週間前には彼に告知してあった。そしてワタシはできるだけフレッシュなサンプルが欲しかったから、今週の終わりにSuperdex200を使いたかったんだ。壊した日の前日、ワタシが帰宅する直前に、「壊さないでね」と言ったにもかかわらず壊すってのはどうなのよとマジで思う。なんで念を押したのかと言えば、むか~しキャンプで食材をこぼさないでねと言った矢先にこぼしたりしていたのを思い出したからなんだが、それ以上に彼が長時間の実験をずっと集中して行っているのを見たことがなかったから。なんか精製中とかも椅子に座っていたり(まあそれを言うのはあまりに口やかましすぎるかもしれないけど、ワタシが大学院生の頃にそんな態度だったら、こってり絞られてたわな)、重要な実験をやっていそうでも必ず食事に中座したり(まあ空腹で集中力が欠けてしまうってことなんだろうけど......)、極めつけは朝が非常に遅かったり(でも酷いときは11時くらいにやって来て、帰りは6時、昼飯に2時間とか......)。そんな生活をほぼ毎日見せつけられていると、彼の実験およびそこから得られる結果に対してどーしても斜に見てしまうわ。
まあぐだぐだ書いたが、言いたいことは一つ。正直言ってこのラボで彼と研究をともにしていくのはムリということだ。ここの研究テーマは個人的にはとっても興味がある。もっと言えば愛しているといってもいいや。彼がここに参加するときに聞いたんだよね~、亜酸化窒素還元酵素に興味があるの?って。そーしたらどんな返事が返ってきたと思う?
「正直、亜酸化窒素還元酵素には興味がありません。」
あのときはとっても悲しかったな。ただ今思えば、アノ時点でコイツとは会わないということだったんだろうね。
まあ今更、過ぎたことを言っても仕方がないんだが、個人的には収まらないので、ここでグダグダ書かせてもらおう(というわけで、本エントリは不満の垂れ流しなので読み飛ばしてもらって結構である)。
今回測定する試料は、以前にも触れた亜酸化窒素還元酵素というタンパク質のある酸化状態のもの。以前も測定をしたのだが、どうも明瞭な結果が得られなかったために再測定となったものである。
この愚痴を始める前にちょっと背景を説明しよう。亜酸化窒素還元酵素は全部で12コの銅イオンをもつタンパク質なのだが、これは空気中に放置すると銅イオンを失ってしまう。それに伴い酵素活性も失われてしまうため、精製などは嫌気雰囲気下で行わなければならない。だから酵素活性の有無は実験者の嫌気下での操作にかかっているといっても過言ではない。
2005年にこのラボに参加してからすでに34回、精製を行っているが、最初の頃の4回くらいはまったく活性を持たないタンパク質しか得られず、10回目くらいまでは低活性のものしか精製できなかった。まあ言いたいことは、何度も精製を繰り返して経験を積まないと高活性のタンパク質が得られなかったということなんだが......まあともかく、この亜酸化窒素還元酵素を精製する場合、ワタシはルーチンワーク(必ず行う決まり切った作業)として、まずタンパク質濃度を決定する。通常は紫外吸収帯の強度から見積もるのとタンパク質アッセイ(ワタシの場合はBCAかビュレット法)で濃度を見積もってから、それぞれの値がほぼ同じであることを確認する(もし同じにならなければ精製度が悪い可能性があるので、高活性は望めない)。そして銅イオンの量(原子吸光法)と無機硫黄の量(Broderick法)を決定してから、酵素活性を測定する。従って、酵素活性が低かったり、銅イオン量が少なかったロットは当然、クリティカルな実験には使用しない。これがスタンダードだ。
で、今回の酸化状態のタンパク質はさらにフェリシアン化カリウムで酸化してから、さらにある試薬を用いて部分還元させることで得られる。ちなみにこの酸化状態のタンパク質にとっても興味を持っていたのが、Stanfordの某有名な計算化学のグループ。ワタシの前任者にも催促していたのだが、うまくできなくてお蔵入りしていた。
最近(といってももう4年ほど前)になって、ワタシはその酸化状態のタンパク質を得る良いアイデアを思いついた(ちなみにちょうどその頃にボスを説得して購入したのが、上述のSuperdex200カラムだ。だから壊されてかなりアタマに来ているのもわかっていただけるかな?)。そんでそのアイデア通りにやってみたら、予想通りにその酸化状態とおぼしきモノが得られたわけ。ただそれを証明するためにEPRを測定してスピン状態を同定しなければならない。そーいうわけで、いままで時間が掛かっていたのだ。
さてさらに最近になって、その某学生がその酸化状態の亜酸化窒素還元酵素を用いた実験を始めたんだ。ただそいつの実験にはちょっと問題がある。先ほど述べたスタンダードを全く満たしていないタンパク質を用いて実験しているのだ。もちろん嫌気下での精製法や一通りの同定法はレクチャーしたんだがね。こんな状態のものを用いて結果が出てきても、正直言えば評価できないと思うんだ。例えば、ワタシの測定した電子スペクトルと彼のを比較すると強度が違うんだよ。それで銅イオンの量を聞くと少ないとか、酵素活性を測っていないとかいうわけさ。
まあ学術的なワタシの彼に対する不満は最終的に本人の問題となるので、それは良いとしよう。ただそんな稚拙な実験をしていて装置を壊しましたというのはちょっとむかつくわ。特に前エントリでも触れたけど、ワタシにはここでの時間がもう2ヶ月を切っているんだよ。そのタイミングで機器が1,2週間使えなくなるっていうのは、正直イタい。
さらに言おうか。来週のEPR測定は3週間前には彼に告知してあった。そしてワタシはできるだけフレッシュなサンプルが欲しかったから、今週の終わりにSuperdex200を使いたかったんだ。壊した日の前日、ワタシが帰宅する直前に、「壊さないでね」と言ったにもかかわらず壊すってのはどうなのよとマジで思う。なんで念を押したのかと言えば、むか~しキャンプで食材をこぼさないでねと言った矢先にこぼしたりしていたのを思い出したからなんだが、それ以上に彼が長時間の実験をずっと集中して行っているのを見たことがなかったから。なんか精製中とかも椅子に座っていたり(まあそれを言うのはあまりに口やかましすぎるかもしれないけど、ワタシが大学院生の頃にそんな態度だったら、こってり絞られてたわな)、重要な実験をやっていそうでも必ず食事に中座したり(まあ空腹で集中力が欠けてしまうってことなんだろうけど......)、極めつけは朝が非常に遅かったり(でも酷いときは11時くらいにやって来て、帰りは6時、昼飯に2時間とか......)。そんな生活をほぼ毎日見せつけられていると、彼の実験およびそこから得られる結果に対してどーしても斜に見てしまうわ。
まあぐだぐだ書いたが、言いたいことは一つ。正直言ってこのラボで彼と研究をともにしていくのはムリということだ。ここの研究テーマは個人的にはとっても興味がある。もっと言えば愛しているといってもいいや。彼がここに参加するときに聞いたんだよね~、亜酸化窒素還元酵素に興味があるの?って。そーしたらどんな返事が返ってきたと思う?
「正直、亜酸化窒素還元酵素には興味がありません。」
あのときはとっても悲しかったな。ただ今思えば、アノ時点でコイツとは会わないということだったんだろうね。
ちょっと間が空いてしまったこのブログ。ちょうど1月ほど前に南部の大学からvisiting facultyのジョブオファをもらってからいろいろとありました。
まず現ボスと前ボスに意見を伺ったところ、真っ向から分かれたんだな。東海岸の元ボスは”visiting facultyでteachingの経験を稼げば次のキャリアステップに結びつき、次のポジション探しに有利に働く”ということだったのだが、現ボスは”その南部の大学でvisiting facultyをやるのはリスクが高い割に、リターンが少なすぎる”という意見だった。特にその南部の大学は一般化学と無機化学、生物化学を教えるのが義務になるんだが、授業を受け持ったことのない人間が最初にteaching experienceを稼ぐにはあまりにチャレンジングだとのこと。まあ確かにその通りなんだが......現ボスのスタンスとしては、研究をこれからも生業にしていきたいならば、その南部の大学でテンポラリなポジションを選ぶんではなくて、どこか良い大学のポスドクなどのポジションを選んだ方が良いということ。そして、もしそこでtenure-trackを得られなかったら、そこでデッドエンドだぞとも。もっともな話だと思うんだが、Montanaでの過去を振り返ってみると、決して研究活動が活発だったか(つまり論文をちゃんとコンスタントに出せていたか)といえば、そうではなかった。(だからここから出て行くというのは、個人的には大前提なんだ)それも鑑みてのvisiting faculty(すなわちteaching主体のポジション)という選択だったのだが、あまりにボスが強くその南部の大学を薦めなかったのでずいぶん悩んだわけさ。
他の意見として、たまたまGSでガソリンを入れていたMichealを見かけたので聞いてみた。彼は一昨年からButteにあるMontana Techでfacultyとして働いているのだ。彼は即答でMichiganに行くべきだと進言してくれた。特に彼はMontana Techで苦労しているらしく(オファをくれた南部の大学はMontana Techと似たような規模。レベルの大学)、今のボスと同じような意見であった。
まあいろいろあったんだが、結果としてもう一回、ポスドクをすることにした。これで米国では3つめのポスドクとなる。(日本でのポスドクを含めれば4つめだ)ただし、今回の大学は米国でも高ランキングの大学、University of Michiganである。Johns Hopkins(実はこの大学のポスドク先も現ボスから紹介してくれたんだが、こっちは断った)とともに米国の医療技術を担う大学であるんだが、まさに今回のポスドク先はmedical schoolの麻酔学科(Department of Anesthesiology)。大学院で錯体化学をやっていたのに、ここまで大きく分野が変わるとは思ってもいなかったわ。
Michiganの先生とは2,3回、電話インタビューをして先方はワタシを評価してくれたみたいで、オファをいただいた。南部の大学を断った翌日のことである。ちなみに一応、teachingをすることはできるか聞いてみたんだがその機会は皆無らしい。(この質問がワタシにオファを出すことの懸念材料になったらしく、何度か電話インタビューをすることになった)まあ、UMに行くんだから、研究に邁進せよという天の声だろう。
さて決断をしたので、ここでの仕事のまとめに入らなければならなくなった。現ボスは秋口まで居てほしかった模様だが、UMの先生ができるだけ早く来てほしいということだったので、Montanaの最終日は8月10日とし、19日までにUniversity of Michiganに着任することと相成った。そうなるとここでの時間はあと2ヶ月。まだ出していない論文は3つあるんだが、ここに来て阻害剤のデータの洗い直し、EPRの測定が必要となった。後者は液体ヘリウムが届いたので今月末には測定できるんだが、ウチの学生がこれまた最悪のタイミングでS200カラムを壊してくれましたわ。タダでさえ6時には帰るヤツが、誰も頼んでないのに慣れない徹夜なんかするからとは思ったが......まあ仕方ない。この逆境をなんとしても乗り越えねば!
まず現ボスと前ボスに意見を伺ったところ、真っ向から分かれたんだな。東海岸の元ボスは”visiting facultyでteachingの経験を稼げば次のキャリアステップに結びつき、次のポジション探しに有利に働く”ということだったのだが、現ボスは”その南部の大学でvisiting facultyをやるのはリスクが高い割に、リターンが少なすぎる”という意見だった。特にその南部の大学は一般化学と無機化学、生物化学を教えるのが義務になるんだが、授業を受け持ったことのない人間が最初にteaching experienceを稼ぐにはあまりにチャレンジングだとのこと。まあ確かにその通りなんだが......現ボスのスタンスとしては、研究をこれからも生業にしていきたいならば、その南部の大学でテンポラリなポジションを選ぶんではなくて、どこか良い大学のポスドクなどのポジションを選んだ方が良いということ。そして、もしそこでtenure-trackを得られなかったら、そこでデッドエンドだぞとも。もっともな話だと思うんだが、Montanaでの過去を振り返ってみると、決して研究活動が活発だったか(つまり論文をちゃんとコンスタントに出せていたか)といえば、そうではなかった。(だからここから出て行くというのは、個人的には大前提なんだ)それも鑑みてのvisiting faculty(すなわちteaching主体のポジション)という選択だったのだが、あまりにボスが強くその南部の大学を薦めなかったのでずいぶん悩んだわけさ。
他の意見として、たまたまGSでガソリンを入れていたMichealを見かけたので聞いてみた。彼は一昨年からButteにあるMontana Techでfacultyとして働いているのだ。彼は即答でMichiganに行くべきだと進言してくれた。特に彼はMontana Techで苦労しているらしく(オファをくれた南部の大学はMontana Techと似たような規模。レベルの大学)、今のボスと同じような意見であった。
まあいろいろあったんだが、結果としてもう一回、ポスドクをすることにした。これで米国では3つめのポスドクとなる。(日本でのポスドクを含めれば4つめだ)ただし、今回の大学は米国でも高ランキングの大学、University of Michiganである。Johns Hopkins(実はこの大学のポスドク先も現ボスから紹介してくれたんだが、こっちは断った)とともに米国の医療技術を担う大学であるんだが、まさに今回のポスドク先はmedical schoolの麻酔学科(Department of Anesthesiology)。大学院で錯体化学をやっていたのに、ここまで大きく分野が変わるとは思ってもいなかったわ。
Michiganの先生とは2,3回、電話インタビューをして先方はワタシを評価してくれたみたいで、オファをいただいた。南部の大学を断った翌日のことである。ちなみに一応、teachingをすることはできるか聞いてみたんだがその機会は皆無らしい。(この質問がワタシにオファを出すことの懸念材料になったらしく、何度か電話インタビューをすることになった)まあ、UMに行くんだから、研究に邁進せよという天の声だろう。
さて決断をしたので、ここでの仕事のまとめに入らなければならなくなった。現ボスは秋口まで居てほしかった模様だが、UMの先生ができるだけ早く来てほしいということだったので、Montanaの最終日は8月10日とし、19日までにUniversity of Michiganに着任することと相成った。そうなるとここでの時間はあと2ヶ月。まだ出していない論文は3つあるんだが、ここに来て阻害剤のデータの洗い直し、EPRの測定が必要となった。後者は液体ヘリウムが届いたので今月末には測定できるんだが、ウチの学生がこれまた最悪のタイミングでS200カラムを壊してくれましたわ。タダでさえ6時には帰るヤツが、誰も頼んでないのに慣れない徹夜なんかするからとは思ったが......まあ仕方ない。この逆境をなんとしても乗り越えねば!
ここのところ、心が休まらない。まあジョブサーチをしているからなんだけど。
昨日も突然、別の南部の大学から電話インタビューをしたいというメールを受け取った。しかも今回はSkypeを使ったビデオコンファレンス形式。メールでは通常の電話でも良いということだったのだが、まあ自宅でならSkypeも使えるし、ウェブカメラも付いているからということで、Skypeでのインタビューにした。
ちなみに大学はSkypeのようなp2p形式の通信を遮断している。だから大学の回線を利用してSkypeは使えない。だからもし自宅がGraduate Housingで大学の回線を利用していたらSkypeを使えないのだが、私は前々からQwestというどーしようもない会社のADSLを契約していたので、この点は問題なしである。
Skypeは"cooyou"というskype nameのアカウントを持っているのだが、妻に自分の名前のアカウントを取って、それで通話したほうが良いと言われたので、本名のユーザーアカウントを取得した。あともし、先方が私のskype nameを見つけられない時のために自宅の電話番号も伝えておいた。
さて当日である。山岳時間(MST)で午前10時半にSkype callが掛かるはずだったのだが、ナゼか自宅の電話が鳴る。どうも懸念通り、伝えたskype nameにアクセスできなかったらしい。まあこれは先方の勘違い(?)ですぐにSkypeの方に掛かってきたんだけどね。
電話面接の方はやっぱり緊張していたらしく、しゃべるスピードが安定してなかったとか。個人的にはなるべく落ち着いてと思っていたんだけど。先方の質問は9つ。主にteachingに関してね。このポジションは1年契約のvisiting assistant professorで一般化学と生化学を教えられる人材を捜しているらしい。で、アプリケーションの中で良くマッチしていたのが私のCVだったとのこと。(ちなみに送付したCVは改定前バージョンなので、そんなに大したものではない......)簡単に大学の説明とどの教科を教えてほしいかの説明をされた。その後に、どうしてこの大学を志望したのか、どういったteaching法により経験のなさ(weakness)をカバーするのか、教えるのに躊躇のない教科や教えることに自信がない教科、どういった新教科を導入することができるか、教える学科においてできの良い生徒と悪い生徒のギャップを埋めるためにどういったことを考えているか、どういったteachingスタイルを考えているか、(提出した)teaching philosophyについて説明などなど。ここまでは(まあ紆余曲折はあれど)比較的思い描いていたことを伝えられたと思ったのだが、最後の質問でつまずいた。
もう一度言うが、このポジションは単年度のvisiting assistant professorポジション。だから大学に対して長いタームでの寄与とかは一切、考えていなかったのだが、それを聞かれた。これにはちょっと虚を突かれたね。一応、なんか答えたけれども、英語はメチャメチャ、頭の中は真っ白になるわで、さんざんだったョ。
まあなんとかこの話をまとめ、こっちの質問となる。質問は5つほど用意していたが、途中でその回答を得られたりしたので、最終的には2つだけ質問した。
全部で30分。今までで一番長かったな。というのは、今回は私は結構、しゃべったからだと思う。まあ何はともあれ、終わって精も根も尽き果てたのである。
さてさて、午後からラボに行くと、途中で昼食に帰るトラビスとすれ違う。そこでこの電話インタビューについて立ち話。彼も今年か来年に卒業するつもりで、私のジョブサーチに結構、興味を持っているのだ。そのあとラボについてメールを見ると、たった今、電話インタビューをした大学から推薦書の依頼が来た。なんか電話インタビューはよかったんだけど、もう少し判断材料がほしいんだと。だからレターを手配してくれと。早速、メールでそれぞれ頼んだらUDの元ボスは「それはすばらしい!!」と言ってくれた。まあ今、米国のジョブマーケットはかなりタイトだからね。私のように日本で学位をとって、米国でポジションを見つける人間には厳しい時代と彼も認識しているみたい。それでもここまで来たからね、彼もうれしいんでしょう。私も自画自賛じゃないけど、ここまでよく来たなぁと思うし。まあまだ全然ゴールじゃないんだけどね。
まあ、そんなカンジの6回目の電話インタビューでした~♪
昨日も突然、別の南部の大学から電話インタビューをしたいというメールを受け取った。しかも今回はSkypeを使ったビデオコンファレンス形式。メールでは通常の電話でも良いということだったのだが、まあ自宅でならSkypeも使えるし、ウェブカメラも付いているからということで、Skypeでのインタビューにした。
ちなみに大学はSkypeのようなp2p形式の通信を遮断している。だから大学の回線を利用してSkypeは使えない。だからもし自宅がGraduate Housingで大学の回線を利用していたらSkypeを使えないのだが、私は前々からQwestというどーしようもない会社のADSLを契約していたので、この点は問題なしである。
Skypeは"cooyou"というskype nameのアカウントを持っているのだが、妻に自分の名前のアカウントを取って、それで通話したほうが良いと言われたので、本名のユーザーアカウントを取得した。あともし、先方が私のskype nameを見つけられない時のために自宅の電話番号も伝えておいた。
さて当日である。山岳時間(MST)で午前10時半にSkype callが掛かるはずだったのだが、ナゼか自宅の電話が鳴る。どうも懸念通り、伝えたskype nameにアクセスできなかったらしい。まあこれは先方の勘違い(?)ですぐにSkypeの方に掛かってきたんだけどね。
電話面接の方はやっぱり緊張していたらしく、しゃべるスピードが安定してなかったとか。個人的にはなるべく落ち着いてと思っていたんだけど。先方の質問は9つ。主にteachingに関してね。このポジションは1年契約のvisiting assistant professorで一般化学と生化学を教えられる人材を捜しているらしい。で、アプリケーションの中で良くマッチしていたのが私のCVだったとのこと。(ちなみに送付したCVは改定前バージョンなので、そんなに大したものではない......)簡単に大学の説明とどの教科を教えてほしいかの説明をされた。その後に、どうしてこの大学を志望したのか、どういったteaching法により経験のなさ(weakness)をカバーするのか、教えるのに躊躇のない教科や教えることに自信がない教科、どういった新教科を導入することができるか、教える学科においてできの良い生徒と悪い生徒のギャップを埋めるためにどういったことを考えているか、どういったteachingスタイルを考えているか、(提出した)teaching philosophyについて説明などなど。ここまでは(まあ紆余曲折はあれど)比較的思い描いていたことを伝えられたと思ったのだが、最後の質問でつまずいた。
もう一度言うが、このポジションは単年度のvisiting assistant professorポジション。だから大学に対して長いタームでの寄与とかは一切、考えていなかったのだが、それを聞かれた。これにはちょっと虚を突かれたね。一応、なんか答えたけれども、英語はメチャメチャ、頭の中は真っ白になるわで、さんざんだったョ。
まあなんとかこの話をまとめ、こっちの質問となる。質問は5つほど用意していたが、途中でその回答を得られたりしたので、最終的には2つだけ質問した。
全部で30分。今までで一番長かったな。というのは、今回は私は結構、しゃべったからだと思う。まあ何はともあれ、終わって精も根も尽き果てたのである。
さてさて、午後からラボに行くと、途中で昼食に帰るトラビスとすれ違う。そこでこの電話インタビューについて立ち話。彼も今年か来年に卒業するつもりで、私のジョブサーチに結構、興味を持っているのだ。そのあとラボについてメールを見ると、たった今、電話インタビューをした大学から推薦書の依頼が来た。なんか電話インタビューはよかったんだけど、もう少し判断材料がほしいんだと。だからレターを手配してくれと。早速、メールでそれぞれ頼んだらUDの元ボスは「それはすばらしい!!」と言ってくれた。まあ今、米国のジョブマーケットはかなりタイトだからね。私のように日本で学位をとって、米国でポジションを見つける人間には厳しい時代と彼も認識しているみたい。それでもここまで来たからね、彼もうれしいんでしょう。私も自画自賛じゃないけど、ここまでよく来たなぁと思うし。まあまだ全然ゴールじゃないんだけどね。
まあ、そんなカンジの6回目の電話インタビューでした~♪
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cooyou こてくん、
うん、ありがとう。まあ、電話インタビューの内容はまだまだいろいろと考えなければならないけどね。
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こて 素晴らしい。
推薦書はプラスにはなってもマイナスにはならんのでは無いでしょうか。






