米国けんきゅうにっき 2005年06月
学位取得後、研究者として米国へ。このさきどのようなことが待ち受けているのでしょうか?
 今朝、ラボにくる途中でカモの池の前を通ったのですが、たくさんの小ガモが車道を横断してきました。結構、壮観ですね、あれだけいると。ところで先導する親ガモ(?)はちゃんと横断するとき、小ガモたちの為にクルマの往来に注意を払っているみたいでした。というのは私の車の停止にシンクロして横断を開始していたので。

 私は買い物をするときに通販を利用しますが、たまに何の返事もよこさないところがあります。今回は運悪くそういったサイトに当たってしまいました。ふつうは注文と同時に確認のメールが来ますが、そんな気配はまったくありません。そこで翌日に電話したところ、プロセスに24時間かかるとか。(このカスタマーサービスにたどり着くのも一苦労でした)さらに時間がたって連絡しなおしたら、注文の品はストックが無いとのこと。それならもっと早い段階で言ってほしいし、それ以前にそんなものをサイトに出しておくというのも常識を疑います。でもアメリカでは平気でそんな事がまかり通っていますので、一度電話して詳細を確認したほうが良いというのが私の経験です。(実際、表示の値段とかも変わっていたりします)大きなサイトだとまああんまりそんな心配もないのですが、小さいサイトだとどこまで信頼できることやら...

 今日もホテルの予約をオンラインでしたところ、やはりまったく返事がなく、結局電話しました。これだとあんまりオンラインの意味がないですよね。こういった電話もしばしば非常に不快な担当に当たることがあり、未だに積極的に電話する気にはなれません。ほかのオプションとしてメールでの連絡がありますが、これもまったく当てにならないですね。ただHPのカスタマーサービスはすばらしいです。メールをだしてから2,3時間で返答が返ってきました。それとは対照的にVerizon Wirelessは1月くらい放置されていましたね。まあそれでもVerizon Wirelessはメールが来るだけマシなのでしょうけれど。

【2005/06/30 07:41】 | 生活
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 とうとうAMDとIntelの戦いは裁判沙汰になったみたいです。

AMD、独禁法違反でIntelを提訴
 米AMDは27日(現地時間)、デラウェア州米連邦地方裁判所において、米Intelに対し、米国独占禁止法違反による損害賠償請求訴訟を起こしたと発表した。


米AMD、独占禁止法違反で米Intelを提訴
米AMDは28日(米国時間)、米Intelが米独占禁止法に違反する行為を繰り返しているとして、デラウエア州連邦地方裁判所に損害賠償を求める訴訟を起こしたことを発表した。Sherman Antitrust Act(Section 2)およびClayton Act(Sections 4、16)、California Business and Professions Codeなどに抵触していると主張している。


 さらに詳細にはAMDが主張する“Intelの悪行”の数々に描かれています。でも数年前のギガヘルツ戦争はなかなかの見物でしたね。当時、両社は血湧き肉踊るような戦いを繰り広げておりました。CPUの周波数争いは毎週の様に変化していき、その動向は非常に興味深かかったです。個人的にAMDは好きなのですが、同社のギガヘルツクラスのCPUを使ったことはないのでその性能を体感したことはありませんが、雑誌やネットの記事などでは絶賛されていましたね。

 もう一つ今回のニュースで私の興味を引いたのはデラウェア州の裁判所に持っていくというところです。住んでいましたからね。

【2005/06/29 13:48】 | コンピュータ
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 こちらは急に気温が下がり嵐が訪れたり、かと思えば今日の様に晴れたりと忙しい天気模様。これが山の天気というものでしょうか?そんなこともあり、ガソリンタンクの蓋を買いに、クルマのパーツショップへ。難なく探すことができましたので、ほっと一息です。というのは、今日は気温が上がってきたので、ちょっと心配だったのです。

 さて私はいくつかのブログを閲覧しているのですが、その中のリンクでいくつかおもしろいものがありましたのでそれをご紹介。治部少輔の筆誅亭日乗さんのブログからのりんくで

独立万歳運動を再現した公演(朝鮮日報)

後ろの変な格好の人物が日本人とのことですが...

 もう一つはIrregular Expressionのgoriさんというかたのブログ。こちらは比較的頻繁に更新されているのでよくみるのですが

新追悼施設、中曽根元首相が「反対」

 たしかになに言っているのかよくわかりませんね。

 なぜ今回、このようにブログを紹介(あるいは自分の為のメモ?)したのかといえば、在米日本人にとって日本語と接する機会はほとんどウェブに限定されます。そのため、自ずと(日本の)情報の収集はネットを介してということになるわけです。日本に住んでいればテレビや新聞、書籍といった多数のオプションがあるためでしょうか、いろいろな情報に含まれる偏りや悪意が隠蔽されてしまいます。しかしながら、情報収集手段が一つしかない場合、その情報を精緻に観察するようになりますね。少なくとも私はそうなったような気がします。日本にいた頃は世界の情勢や報道の偏見性、各人の思想などに注意を払ったことなどありませんでした。でも今はなんとなく、たとえば新聞などのメディアの偏見報道は感じることができますし、もっと目に付くのは新聞の誤字・脱字です。これはプロとしてどうなのかと思うのですが...

【2005/06/29 01:18】 | 時事の話題
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 昨夜はかなり遅くまでラボに居ました。大学で生化学を履修された方はご存じかもしれませんが、ミカエリスーメンテンプロットをとっていました。まあ酵素反応をモニタする方法論の一つです。その合間に巨大なハエが!?殺虫剤は自宅に置いてきているのでエタノールで反撃しましたが、あまり効果がなかったような...アセトン(有機溶媒の一つ)ならばイチコロなのですが、バイオの部屋は常備していないのです。そんなことをやっていると(ちなみに深夜です)、同じ階のラボにいる日本人の方がやってきて、少し談話しておりました。まあ他愛の話です。

 実験も終わって帰る途中に、ガソリンが無くなっていたので給油に最寄りのガソリンスタンドへ。給油しようとタンクの蓋を開けたらキャップが無い?!ナゼ?昨年、デラウェアで無くしてしまったばかりなのにまた無くしてしまったみたい。しかもカギつきだったのに。まあでも疲れていたので、とりあえず家に帰ることにしました。

 ところで私はフィリーやシカゴのような危険な都会に住んだ経験はないので、結構遅くでも出歩くことがあります。でもたいていはクルマでですけどね。特にこっちに来てからは、徒歩での移動はあんまり考えたくありません。話はもどりますが、これは田舎だから安全だというだけで、場所によってはかなり危険な(というか雰囲気の異なる)地域もあります。昔、友達に会いにNYCの北の方に行ったときのこと。道を間違えてクイーンズに入ってしまったことがあります。周りはかなりやばそうな雰囲気のうえ、他州のプレート。しかもガソリンがなくなりつつあり、どうしてもスタンドに寄らなければならない状況下になりました。まあ特になにかあったわけではなかったのですが、ガソリンスタンドのキャッシャーはガラス張り(あれって防弾ガラス?)で仕切られており、雰囲気をさらに際だたせてくれましたね。

 おしなべて大学町とかは比較的治安が良いと思います。夜遅くまで学生たちが徘徊しており、人の多いところに居る限りは大きなトラブルに巻き込まれることはないでしょう。モンタナはといえば、こちらは緯度が高いので、最近は夜の10時くらいまで明るいです。だからアパートのまわりでは9時くらいまで子供たちが遊んでいるのを見かけます。

【2005/06/28 01:16】 | 生活
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 先ほどタイヤを買いにWalmartに行ったら、ストックが無いのとえらい高いことを聞かされてやめました。でもデラウェアで交換したときはそんなに高く無かったんだけどな~。せっかく立ち寄ったので、ついでにオイル交換をしましたが。確認の為、別の店に行ったらやはり高いけれど、現行のタイヤはまだ充分いけるとのことでしたので、今回の交換は見送ることに。ただ冬場頃になったら変えたほうがよいと言われたので、そのあたりで換えることにします。

 このタイヤの件の合間にラボにも行きました。ラボのそばにはなぜがカモの池があります。それはたくさんのカモがいて年中にぎわっています。そのそばを通り過ぎるとき、ものすごい数の小ガモが芝生を歩いていて、ちょっとびっくり。残念ながらカメラを持っていなかったのですが、私の前の車も止まって眺めていました。プロフィールの写真も昨日、そこで撮影したのですが、そのときは家族連れがカモたちに餌をやっていました。(というか子供たちはカモめがけて餌を投げていた様に見えましたが...)そんな感じで、カモ池は市民の憩いの場なのでしょう。

【2005/06/27 02:18】 | 生活
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 部屋の中にハエが飛んでいるのはあまり気持ちのいいものではありませんね。そこで殺虫剤を使って退治しているのですが、いつも疑問が。「こいつらはどこから入ってくるのだろう?」窓は網戸がはってあるので、虫たちは入れません。考えられるのは部屋に入るとき一緒に入ってくるのか、どこかの配管口から紛れ込んでくるのか...こちらに来て新たに買い直した殺虫剤は森の香り付きということで、あんまり毒々しくないにおいを期待していたのですが...アメリカ製品をなめていた。ご多分に漏れず多用するには堪えがたいものでした。

 話は全く変わりますが、私は過去に2人のルームメイトと部屋をシェアしていたことがあります。二人ともアメリカ国籍でしたが、最初のやつはバングラディシュ出身で、今でもたまにメールが来ます。彼はイスラムでよくラマダンの月とか断食をやっていましたが、彼によればこれは日の出ていない間ならば食事していいそうです。したがって、ラマダンでも早朝とか夜は食べてましたよ。あと彼にはギリシャ人の彼女がいて、よく遊びに来ていました。彼がノースカロライナに引っ越すときは手伝うために、彼とその彼女とともに引っ越し先まで運転したのですが、その娘を連れてデラウェアにもどるときは、会話に苦労したものです。また彼は非常にきれい好きで、部屋の掃除をこまめにする習慣があり、なんだ私もそうしなければと部屋をきれいに維持しようとつとめておりました。

 二人目のルームメイトは、白人でおそらくアイリッシュ系だと思います。彼は前のルームメイトと異なり、あんまりきれい好きという感じではありませんでした。またカトリックで、毎週日曜には教会に行っていましたね。彼も白人のガールフレンドがいて、よく遊びに来ていました。どうも二人は同じカレッジの出身だったらしいです。ちなみに前のラボのグラッドの学生さんも彼らと同じ出身校でした。

 そんな感じで日本ではあり得ない、ルームメイトとの生活を経験してきましたが、やはり研究を生業にしている以上、時間に不規則になりがちです。また帰ってくるとホントーに疲れていることが多いので、そんな時に他人と会話するというのは結構しんどい。そんなこともあり、それ以降は一人で部屋を借りる様になりました。

 さて明日はタイヤの交換をしなければ。

【2005/06/26 08:37】 | 思い出(東海岸編)
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 私は未だに親交のある幼なじみが二人います。二人とも幼稚園以来の友人なのですが、そのウチの一人は最近、結婚しました。そして彼は私と同様、かなりのオタクだと思います。私が渡米した後に自作パソコンを送ってくれたのも彼です。私の自作歴は彼により励起されたものではありませんが、共通の話題ということで東京に行く機会があるたびに彼とともに秋葉を練り歩いたものです。

 最初に自作したパソコンはK6-2の350MHz版だとどこかに書いた覚えがあるのですが、そのパソコンは日本を離れる前に母親にあげました。(母はそれをうまく活用できていないわけなのですが...)その前後で仕事の関係で大分に一年滞在しておりました。(その話はまた後のエントリーで)そのときに二番目の機体がすでに作られていたので、大分に持っていきました。たしかDuronの650MHzだったと思います。これはマッキントッシュとともに日本の実家でほこりをかぶっているハズです。

 渡米の際には上記しましたようにパソコンを持っていかなかったのですが、二年目に入ってその友人のパソコンが壊れたので、なにをとちくるったかミニタワーのバイオを買ってしまいました。たしかそのときは自作するよりやすいと思ったのです。これはCeleronの1.3MHzでしたが、eBayでPentium IIIの1.4GHzを落札して積み替えました。この機体もさんざんいじくり回してモンタナまで持ってきたのですが、最近とうとう壊れてしまいました。それとは別にもう一台、自作したのがあります。これは米国で唯一、組み立てたものです。パーツはすべて通販で購入しました。Celeronの2.4GHzを積んでおり、未だに動いております。

 ところで研究者ということもあり、プレゼンの機会もたびたびあったので、ノートパソコンも必要でした。(これらのおかげでいろいろと酷い目に遭っているのですが...)最初に購入したノートはSharpのMM10(日本ではMM1,Cruesoの1GHz)ですが、これもeBayで落札しました。これは昨年の経過報告の直前でHDDがおかしくなってしまい、急遽、HPのノート(Celeron Mの1.4GHz)を買うことになってしまいました。そのあとMM10はHDDの換装をして未だに使い続けております。

 このように日本帰国の折りにじゃまにならないように渡米直後はなるべくパソコンを買わないようにしていたのですが、4年もたつとさすがに増えてきましたね。それだけアメリカではパソコン・ネットが必要ということの表れなのでしょうけれど。とにかく(がらくたも含めて)今はなぜが4台パソコンを持っていることになりますね、ああ。

【2005/06/26 01:52】 | コンピュータ
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ダメだ、眠い!しかし大腸菌のハーベストが1時間後にあるぅぅぅ~。みんな帰ってしまった、まだ空はかなり明るいのに...

 今日は昼飯を作成する暇がなかったので、お昼は学食へ行きました。そしたらウチのサマースクールの学生がいて、まあなんとなく一緒に食事することに。でもこっちの若い人たちは政治の事とかに関心がありますよね。なんだか知らないけど話題がイラクの事になったときに、いろいろと議論してきました。私はなんだか疲れていたのですが、まあコチラの学生さんは自立しているなあとつくづく感じました。ところで彼は以前にお話した日本人の子孫の友人で、どうもルームメイトでもあるようで、いろいろとその辺の話を知っていました。どうも彼らは太平洋戦争以前に入植した人たちらしく、戦時中はネイティブのそれと似たような居留地に置かれていたとのことでした。そのためその日本人のハーフの学生さんのホームタウンは日本人が結構いるそうです。同様に当時の政府はドイツに対しても同様の措置をとっていたらしく、日本人の町と同様、ドイツ人だらけの町もここモンタナにはあるとの事でした。

 うぁ~時間だ~。

【2005/06/25 08:42】 | 生活
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 昨夜は大腸菌の育成のために午前様になってしまった...低い温度条件だったからなー、まあ時間がかかるのは自明の理ですね。しかしバイオ屋はこんな風に時間を費やすのだと実感してきました。私はもともと無機化学専攻だったので、ここにくるまでは金属錯体の合成に明け暮れていたものです。したがって時間を自由にコントロールできたのですが、バイオはやはりそうは行かないね。でもどちらの分野もそうだけどスケジュールを工夫すればいくらでも仕事をすすめられると思いますが。

 さてこの間、かぼちゃ投げ選手権の話をしたのですが、これはまさにハロウィンの時期に開催されていました。ハロウィンと言えば昔、カリフォルニアで起きた服部君のことが思い出されますが、私は基本的にアメリカの風習に無頓着なので、ハロウィンだからといって仮装もしないし馬鹿騒ぎもしません。(実際、その日は隣の部屋とか町自体が喧噪に包まれるのですが)

【2005/06/25 02:13】 | 思い出(東海岸編)
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 現在、私は自宅に常時回線を引いていますが、速度は320kb/sと日本のインフラと比べるとかなり遅いです。ただこの回線、この地域の業者のサービスで彼らによればADSLに似た技術だが実効速度もほぼ上記の値だとのこと。米国ではcomcastなどのケーブルTV会社が運営している回線があり(私もデラウェアにいたころに利用していました)、1.5Mb/sを謳っていますが実際はその1/3程度しか出なかったと記憶してます。それでも今の回線より速いのでるけどね。VerizonのADSLは知りませんが、友人のひとりによればよく切断してしまうとのことでした。そんなわけで米国はどちらかといえばインターネットインフラの後進国ですね。実は昨夜も回線が切断されたままになっていました。こんな場合はサービスに連絡を入れるのですが、まあ復旧に2,3日かかりますね。今回の場合は、どうやらサーバー側の問題だったらしくて、今朝、復旧しましたけれど。

 しかしこちらの人たちはかなりネットに依存した生活を送っているような気がするのですが。たとえばあるものがほしい場合、まずちかくの店では目的のものが置いてあることはまれですから、通販を利用します。以前は電話で注文だったみたいですが、その場合商品を探すときにカタログを取り寄せる手間があったり、またそのカタログが最新の情報を含んでいなかったりと、まあいろいろな問題がありますね。そういった意味ではインターネットは彼らにとって天の恵みだったとも言えます。また最近のニュースかなにかで、「米国の人たちは電子メール依存が大きい」という話題を取り上げていました。電子メールもネット利用の基本の一つなので、上記の議論に真実味を加えていますよね。ただこちらの人たちは、ある程度で満足するみたいですから、今の状況なのかもしれませんね。このことは携帯電話の大きさや重さに反映されていますし。

 今日はこれから酵素反応をモニタする実験と遺伝子操作した大腸菌の育成条件の最適化を同時に行いますので、たぶん夕食はジャンクフードでしょう...

【2005/06/24 04:52】 | コンピュータ
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 電気泳動の待ち時間でちょっと空きができましたのでエントリーします。どちらにせよ時間経過によるタンパク質の発現を見ているので、もう一度、電気泳動かけなければならいけどね。

 さて今は海に面していないモンタナ州に住んでいますが、デラウェア州にいたころは、たまに州の南に位置するラホボスビーチというところを訪れたものでした。あのあたりでは結構有名なリゾートで、休日にはあの小さい町に多くの人たちが訪れていました。

 基本的には海水浴場なのですが、私たちはその町にあるDogFishというブルワリに行くという目的のほうが重要だった気がします。昨年のレイバーデイだと思いますが、アメリカ人の友人が「シーズンの最後だからベイウオッチにいこう!」と誘ってきました。何のことはなく、水着の女の子の観察をしたいだけなのですが、神様はそんなよこしまな心にちょっとした罰を与えた様でした。その日は前日の日差しが強く蒸し暑かったことが夢のような寒さで、強い風まで吹いていました。さすがにこんななかで泳ぐやつはあんまり居なくて、彼の当初の野望はもろくも崩れ去ったのでした。その後はおきまりのブルワリで食事とビールをたしなみ、帰路につきました。

 私は基本的にビールを飲むことができればうれしかったので、その日は満足できましたが、彼はどうだったでしょうか。

 ラホボスの近くにはルイスという町があり、そこにはタイ出身の友達が住んでいました。彼女はすでに帰国してしまいましたが、数人でモノポリーに興じた思い出がありますね。

 あとあのあたりはカブトガニの生息地でたくさんいるそうです。大学のほうでも飼っていて、さわらせてもらいました。まああんまりかわいいものではないのですけどね。

【2005/06/23 09:50】 | 思い出(東海岸編)
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 マスターカードの個人情報が漏洩したとかニュースになっており、日本でも騒がれているみたいですが、もし不正利用されたとしても電話するだけですから、あんまり個人レベルでは問題にならないような気がするのですが...まあ個人的には米国の銀行口座よりクレジットカード口座の方が扱いやすいと感じるためでしょうけどね。

 もう1年ほど前になるかな?メリーランド州のセシル郡で開催されていた収穫祭(?)に行ったことがあります。まあ先日のかぼちゃ投げ大会(こちらはデラウェア州のサセックス郡ですが)もにたような意図で開催されているのですが。たぶん米国では各郡で特色のある催し物が開催されているのだと思います。

 話を戻しますと、そこでは地域の民芸品の販売、即席遊園地、綱引き大会、ブタ(だったかな?)のレース、ギャラクシーガールショウ、ワニの見せ物などといろいろおもしろい事をやっておりました。日本で言うところの夏祭り・秋祭りに似ていますね。由来とかは全然違いますけど。そのなかで極めつけは表題にあるデモリッションダービー(demolition derby)でしょう。辞書が手元にある方は、調べてみてください。説明がなされているハズです。まあありていに言えば車のぶつけ合いですね。ある区画内で20台近くの車がお互いにぶつけ合い、自走できるものが1台になるまで競うものです。実際、迫力はすさまじく、長方形の区画の両端に車が配置され、合図と同時にバックで突進しあうのです。火も出ますので、安全を考慮して周囲には消防士の方々が陣取って、なにかあればすぐにダービーを中断する手筈になっています。クラスも4クラスくらいに分かれていて、トリが重量級の車両でした。印象的だったのがそのクラスの優勝者が女性だったことでしょうか。

 結構、遅くまでそこにとどまっていましたが、そのデモリッションダービーの合間には花火などが打ち上げられ、なかなか楽しかったですね。

【2005/06/23 02:56】 | 思い出(東海岸編)
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 今日は午前中にデパートメントの教授の一人とディスカッションをしました。結果の解釈の新機軸を得られるかもと、別の専門の教授にお話を伺いに行ったのです。確かに私にはない発想で意見が返ってくるので、非常に新鮮です。このようなスタイルをとるようになったのは米国にやってきてからでした。最初の共同研究はカリフォルニア・スタンフォードでした。測定はスタンフォード大学の近くにある線形加速装置施設でしたが、試料の調製はスタンフォード大学のある研究室の一角をお借りしました。その後、いくつかの場所も共同研究のために訪れましたが、そのおかげでいろいろな場所でいろいろな知り合いができたことは喜ばしい限りです。

 さて話題は移りますが、デラウェア州にいたころのことです。日本人の友人がどこからかカボチャ投げ大会の情報を仕入れてきました。

http://www.punkinchunkin.com/

 どうも世界選手権とのことですが、どーみてもローカルな大会なんですよねぇ。でも参加者(主に農民ですが)はかなりマジです。上記リンクをたどればわかりますが、キャノン砲みたいな発射装置まで持ち出して参加してます。そしてかぼちゃの飛距離は4000フィートくらいとか。確かに現場で見ていると、発射音(圧縮空気を使っているみたいです)はするけれど肝要のかぼちゃが飛んでいるのはなかなか見つけられないのです。実際、かなり慣れが必要でしたが、ばかばかしいくらいの速度で飛んでいるかぼちゃを見ることができました。

【2005/06/22 03:26】 | 思い出(東海岸編)
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050621-00000034-kyodo-pol

 こういったニュースを読んでいるとますます日本の将来を憂いてしまいます。これとて氷山の一角なのでしょうけれど...

 ところで最近はインターネットでいろいろな日本のニュースを海外から閲覧することができますが、そういった情報の正確さやそこに潜む思想・意志を正当に評価するのはますます難しくなってきたように感じます。特に最近はいろいろな方のブログを読むようになり、様々な考え方を目の当たりにすることができるようになりました。そんな時代だからますます確固たる自身を確立しなければならないと私は思います。

 

【2005/06/21 11:57】 | 時事の話題
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ありがとうございます
CooYou
GOさま、コメントありがとうございます!2日ほど移動のためネットアクセスができませんでした。
 このような国際学会に来ていつも思うのが、たいてい日本人は日本人同士でつるんでいることです。仕方がないことなのかもしれないけれど、せっかくの国際学会、交流の輪をもっと広げられればと思います。そのための私たち在米研究者なのかもしれませんけれどもね。でもGOさまのおっしゃるように、国費留学者は何かしらのフィードバックを要求されてしかるべきではないかと思います。

cooyou

昔からあった話しですね!
こんな時代だからこそ
はじめまして!こんな時代だからこそblogをしてます。留学と言う無駄な公費支出は昔からありました。たとえば自衛官、特に空自のパイロットがANAやJALに転職することなど日常的ですし、防衛大学卒業しても仕官する生徒が年々減少しているなど常態してます。
これらの輩に共通しているのは、国費をいただいて国民の生活と命を守るといつた倫理観がかけていることです。まあ、いまどきの公務員ほど無駄なものは無いかもしれないですね!また来ます!

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 先週気がついたのですが、サマースクールの学生さんのノートの表紙に彼の名前が書いてありました。それだけならふつうのことなのですが、名字(ファミリーネーム)がどうも日本のものに見えるのです。まあ彼は見ようによっては東洋人かとも思えますが、私ははっきり言ってその名前を見るまで考えたこともありませんでした。はたしてやはり聞いてみたところ日系ハーフだそうです。彼の御祖父母方は日本人でどうも太平洋戦争前後に渡っていらしたみたいです。

 ラボの同僚の息子さんの奥さんがやはり日系二世ということで、こちらは東海岸よりも日本人の血筋の方を見かける機会が多いですね。でもこのように本国から遠く離れたところで血筋がたゆまなく続いていくのを目の当たりにすると、ますます先細りの日本の出生率を改めて考えてしまいます。

【2005/06/21 03:23】 | 生活
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 先ほどDr. M氏の零細企業経営者の闘魂日記(http://www3.diary.ne.jp/user/331246/#1119232800)を何気なく巡回していたら、詐欺の話がでていました。私は彼の話がすきでしばしば訪れるのですが、今日のエントリーはなんだか共感というかなにか感じました。

 ご存じの様に私も米国で銀行口座からお金が引き抜かれていたワケですが、本当に世の中は油断も隙もないですね。米国ではクレジットカードのほうでは結構こういった話を聞くのですが、さすがに銀行口座からというのはあまり耳にしません。でもDr. M氏の体験談を読むと、私の知っている日本とはずいぶん違ってきたような印象を受けます。

【2005/06/20 14:50】 | 生活
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 昨日、ラボに行くときにふと空を見上げると水平の虹がでていました。携帯のカメラで撮ってみたけど、やはりダメだった...

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 昨日につづき今日も非常に良い天気。あたりの景色も当初きたころにくらべて緑が映えるようになってきました。もう夏が近いのですね。

 さて教会の話題を昨日したのですが、私はモンタナに来てからは教会のモーニングサービスには参加しておりません。理由はさすがに説教の最中に寝ているのは悪いなということと、やはりどう転んでも私はクリスチャンではないしなることもできないと感じたからです。アパートの目の前にまさに教会があり、日曜にはやはりモーニングサービスをやっているみたいですが。ただ機会があれば一度、のぞいてみることをおすすめします。よほど保守的な土地柄でない限りは、基本的にくるものを拒まないハズですから。そしてそこで米国の情操教育はなされていることを肌で感じることができると思います。

【2005/06/20 01:36】 | 生活
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 私は日本で英会話学校なるものに通ったことがありません。日本にいたころは周りの数多くの友人が英会話学校に通っており、自分は大丈夫なのだろうか?と不安になっていたものでした。

 さて渡米後にアメリカではちゃんと会話ができたかといえば、まったくダメでしたね。学校はおろかTOIEC・TOFELすら受験したことがなく、英語に接する機会といえば論文くらいだったものです。

 渡米して一月はラボの友人の家にお世話になっていました。その友人は熱心なクリスチャンであり、またその家も教会から借りていたものだったたため、まあ教会に隣接していました。従って、自然と日曜に教会で開かれるサービスに参加したり、教会のコミュニティの人たちと知り合いになるようになりました。ちなみに私はクリスチャンではありませんし、昔、聖書を読んだとき旧約聖書の「天地創造」(一番最初の章)で挫折したので、まったくキリストについて知らないと言ってよかったと思います。しかしとにかく英語を上達させなければということで、金曜に別のコミュニティで開かれていたバイブルスタディに参加したり、日曜のモーニングサービスに参加したりと、それなりに努力したと自分では思うのですが。

 英語とは別に、教会関連の事業やコミュニティの参加はいろいろな経験もできました。その教会はその地域で結構な規模だったので、たまに開かれる音楽会は聞き応えのあるもんでしたし、サービス後のランチミニストリーではいろいろな人たちと知り合えることができました。デラウェアはあんまりメジャーな州ではないので、日本人を見つけるのもなかなか難しかったのですが、そのコミュニティを介して数人ほどに知り合える機会がありました。ほかにも友人の結婚式やコミュニティ内の友人の引っ越しの手伝いなど、いわゆる互助制度が日本にくらべて大きく発達しているという側面を垣間見ることができましたね。

 あとちょっとカルチャーショックだったのが、たまに日曜のモーニングサービスで行われる「サパー」。これはキリストの血肉になぞらえてグレープジュースとパンが配られ、それをお祈りの後にみんなで一斉に口にするというものです。ご存じの方も居られると思いますが、これはキリストとの一体化を暗示しているみたいです。これにはさすがに宗教色を感じざるを得ませんでした。私は摂りませんでしたけどね。

 もちろん教会のコミュニティは私に改宗を強要はしませんでしたし、すくなくとも私はそう感じませんでした。友人のインド人(ヒンズー教徒)はそれに関して文句を言っていましたが、まあ彼もインド人のなかでは独特な方でしたので。

 最後に、教会の催し物に参加して特に感じたのが、彼らは子供たちをとても大切にしていること、そしてとても子供の数が多いことです。米国の出生率は2を越えており先進国では突出しているというのもうなずけます。これは子育ての受け皿がこの教会のような制度に反映されるようにしっかりと構築されているためではないかとふと思いました。また高齢者とのコミュニケーションの場としても機能しており、(日本ではあんまり見られないことですが)若い人たちと老人が楽しく談笑しているという光景もしばしば見ることができましたね。

【2005/06/19 00:49】 | 思い出(東海岸編)
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 ギガバイトからおもしろそうな製品がアナウンスされましたね。

http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0617/gigabyte.htm

 むかし同じアイデアを知る人ぞしる玄人志向(http://www.kuroutoshikou.com/home.html)の目安箱に投稿したことを思い出しました。私の投稿以前にも、そこでは議論・話題にはなっていたみたいでしたが...で今回のiRAMの登場です。記事によれば全世界から問い合わせがあったとか。結構な注目度ではないですか。潜在的にかなりのユーザーが期待しているのかもしれません。

 マックユーザー時代に漢字Talk7だったかな?それにはRAM diskの機能が実装されていたような記憶があります。たしかにアクセスが高速だったのですが、当時はメモリが高価であんまり実用性に価値を見いだすことができませんでした。しかし現在、メモリの値段はその当時より明らかに安いので、RAM diskの発想は高速化/コストパフォーマンスに貢献すると思います。

 実際、日本では電気代が高いので、PCの電源を入れっぱなしにしている一般ユーザーは少ないのではないでしょうか。その場合、ふとPCを使いたくなったときに、電源が入っていないと起動させなければならないのでその間を待たなければなりません。しかしながらRAM diskにOSをインストールしておけば、起動時間の短縮に寄与するばかりでなく、電気代の節約にもなると思います。私は現在、米国に在住しているので、日本にくらべて電気代が安いことからPCの電源を終日入れっぱなしにしている状態です。そのため好きなときウェブ閲覧ができるし、メールのチェックもあまり意識しなくてずいぶん楽です。

 話は戻りますが、iRAMはかなり期待できる製品ではないでしょうか?ほかのRAM disk製品に比べてかなり安価なので、結構自作ユーザーの間で普及しそうですね。

【2005/06/18 03:20】 | コンピュータ
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 今日は東海岸側で一番好きだったブルワリを紹介したいと思います。ペンシルヴァニア州ランカスターにあるランカスターブルワリです。

http://www.lancasterbrewing.com/home.html

20050617124213s.jpg


 ここのミルクシュタウトは本当に私のお気に入りで、日曜日にしばしば出かけて楽しんでおりました。またランカスターはアウトレットやアーミッシュの出発の地としても有名ですね。この地に至る道も趣があり晴れた日には、なかなかのドライブが楽しめます。またアーミッシュたちの利用している馬車もよく見かけるので、本当に私はあの地での生活を楽しめたと思います。

【2005/06/17 12:49】 | ブルワリ
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 お昼になって雷鳴と雨が降ってきました。ちょうど今日はお昼ご飯を持ってこなかったのに...

昨夜、今週末に採れたタンパク質の定量をしました。いつもはビュレット法を使っているので、それでやってみたら採れた量がどうも測定範囲外だったみたいでダメでした。そこで今朝はJohnに薦められたBCAのキットを使用。...しかし、なにからなにまで説明書通りにやればいいだけだから、ほとんどブラックボックスと化してますね。これだと学生さんはこういったものの原理を学ばずに済んでしまいそうでこわいです。私もバイオはほとんど素人なのですが、なぜかビュレット法のときは試薬を自分で調整することになってました。そのためいろいろとエラーが生じてしまい、いろいろと調べる羽目に...(なぜキットを買ってくれないのかは疑問に思いますが...)まあ目的はそこではないですからねぇ。

 今日は午後には大腸菌からリコンビナントしたタンパク質を精製する予定。

【2005/06/17 03:47】 | 研究
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 なんだか東海岸にいたころの日本人の友人が夏にこちらに遊びにくるとか。そんなわけでモンタナ州の見所なんかでも書きましょうか。モンタナ州に来てから私も日が浅いので、実は詳しくはありません。ですがまあなにか書きます。

 ご存じの方も多いのではないかと思いますが、やはりイエローストーン国立公園ではないでしょうか。この公園自体はワイオミング州にあるのですが、アクセスするにはモンタナ側からのほうが便利です。私は4月初め頃に1回行ったきりで、そのころはほとんどが通行止めでした。ただバッファローとか鹿とかがウヨウヨ居ましたが。私はリビングストーンからパラダイスバレーを経て入ったのですが、すばらしい天候に恵まれましたね。また途中のプレイという町ではチコホットスプリング(http://www.chicohotsprings.com/)という温泉があり、旅の疲れを癒せます。

 ほかに最近行った場所といえば、リビングストーンにあるブルワリ、ネプチューンブルワリでしょうか。このブルワリの前は未舗装だったのでなかなか入るのに勇気が要りました。ブルワリはほかにビリングスにモンタナブルワリというのがあります。こちらはレストランなのでそんなに勇気はいりませんです。あとはボーズマンのエールワーク。ここもいろいろなビールが飲めるのでなかなか楽しいです。

 国立公園の話に戻りますと、モンタナ州近辺にはもう一つ大きな国立公園があります。北のカナダ国境にまたがるグレイシア国立公園です。

 これらの写真はそのうちメインのパソコンが直ったらアップしますね。

【2005/06/16 08:56】 | 生活
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 今朝、起床してからまもなく銀行から電話がありました。昨日の夕方になんとかマネージャーにまでたどり着いたのですが、彼女はどうもオフィスに居ないらしく、また(おそらく先方が携帯のためか?)突然回線が切れたりしたため、最後までちゃんと話し合いをできなかったのでした。そこでそのマネージャーのアンサリングマシンにメッセージと私の携帯の番号を残しておいたところ、オフィスの一人からかかってきたというところでしょうか。その時点では書類がラボに置いてきたので、またあとでかけ直すと言い電話を切りました。

 しかし、銀行ですら客に対する態度が横柄です。目的の女性の名前を言ったら二人いるからどっちだと聞かれ、どっちかわからないので、どちらかに取り次いでくれと言ったら、全然違う名前のやつに取り次ぐのです。これも朝から血圧の上がる要因でした。結局、先方から再びかかってきたので、事なきを得ましたが。

 結局は必要書類をファックスしてもらい、口座の停止を行います。どうやら前回のリクエストは無視或いは放置されたらしく、口座は開きっぱなしで、やはり盗まれ続けていたみたいです。これも頭に来ますが、その仲介の業者(これもオンラインバンク)がそのクレジットを返還してくれたみたいです。ただそれでもフロードレポートの額と収支額が合わない為、電話の代わりにレターを書いてファックスしました。少しは状況がましになってきたと思います。

 今回の担当はかなり理解があると思いました。本当に担当によってはかなり苦い思いをしなければなりません。私の場合、昨日だけで5人に同じ事を説明し続けたことになります。あげくに過去30日しか保証しないとか言われますし。どう考えても口座のセキュリティが破られたのも、リクエストしたにもかかわらず口座をすぐに凍結しなかったのも先方に非があると思うのですが。まあすぎてしまったので仕方がないのですが、この処理に費やした労力はかなりのもの。これを補償してほしいくらいです。

【2005/06/16 05:35】 | 生活
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 今日はもう一つ、エントリー。今、ラボに戻ってきました。大腸菌のハーベストです。いま遠心かけています。今日はほぼ1日中、銀行とのやりとりだったので、無意味に疲れました。今日できたことといえば、スケールアップした培地で大腸菌を育てただけ...先週末は忙しかったけど、それなりに収穫があったからなぁ。まあこの大腸菌が作っているタンパク質は今後の研究に非常に重要なのです!(あくまで私の仮説が正しければだけど...)

 それと明日はラボの女の子が一人、この研究室から去るので、夕方にギフトを買いに行ってきました。お品は押し花(?)の入ったポートレイト。確かに女の子向きではありますが、こんな非実用的なものをもらっても自分なら困るかな?かくいう私も、ニュージャージのサンセットビーチ(http://www.sunsetbeachnj.com/concreteship.html)で縄の結び目の見本みたいなポートレイトを買ってしまったのですが。(理由は安かったから)

【2005/06/15 13:38】 | 研究
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 銀行のお話はまたの機会ということで、今朝、ブログの女王、真鍋かおりさんのエントリを読んだとき、「ハテ?どれくらい納豆を食べていないかな?」と思いました。

http://manabekawori.cocolog-nifty.com/blog/2005/06/post_ec63.html

 デラウェアでもモンタナでも納豆は手に入ります。問題はどのように食べるか。私は納豆に生卵を入れる派なのですが、さて米国、特に昨年鳥インフルエンザで話題になったデラウェアということもあり、さすがに生卵を入れるのは躊躇しましたね。でも私の彼女さんがおみそ汁を入れると良いと提案してくれたので、それを実行しましたところ、これがなかなか。

 ただ問題なのは納豆自体の鮮度。デラウェアにいたころはしばしばフィラデルフィアの郊外にある日本食材のお店「Maido!」(http://www.narberthpa.com/Maido/index.html)で良い納豆を手に入れていましたが、ここモンタナでは日本人経営の食材店を見つけることはできておりません。アジアンマーケットでもたしかに納豆は手に入るのですが、やはり鮮度が...

 上記の「Maido!」では休日にはおかみさんが牛丼をメニューに加えてくださるので、NYCの吉牛の代わりによく訪れました。その後は、やはり近くのメディアという街にIronHillというブルワリ(http://www.ironhillbrewery.com/index1.htm)に行くコースでしたね、休日は。

 ここまで書いたらバーンズコレクションに行ったことも思い出したので、そのうちお話します。

【2005/06/15 10:04】 | 生活
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 今日は朝から電話でデラウェアの銀行に電話してました。まったくこんなことで時間を費やすのは堪えられないのですが。

 事の発端は先月の中頃、バンクステートメント(口座明細)が送られてきたときのことです。見れば残高がほとんど無い?!早速電話しようとしたところ、週末であいてません。仕方がなかったので、翌週の月曜朝に電話しました。すると対応した人と、その処理を請け負った会社の代表と3人での電話になったのです。アメリカでは3-way callというオプションがあるのですが、まあそれです。明細には身に覚えの無い処理がなされていたので、私の理解が正しければ、それを片っ端から確認してクレジットとして返却されるとのことでした。その処理が終わった後に銀行側からの提案として、明らかに口座のセキュリティが破られているので、一時的な口座を開いて返ってきたクレジットをそこに入れた後に、お金を引き落とし、そのまま口座を閉じるという方法が提示されました。そのためにはとにかく現口座を閉じる書類を送るという旨を伝えられたのですが、待てども届かなかったのです。

 そこで今朝、電話したところ。4人ほどにたらいまわしにされ、あげくに30日をさかのぼってしか保証できないとかぬかしやがりました。いい加減頭に来て、3週間前に電話したときはそんなことは言ってなかったし、第一、書類を送ってこないのはそちらの不備だとまくし立てました。また3週間前の電話の記録がそちらにあるはずだと言ったら、そんなものはないと...とりあえず口座を閉じる為の書類をファックスで送るとか言ったのですが、それも送ってこず。かなり頭に来てます。

 それではまた午後から戦います。

【2005/06/15 02:14】 | 生活
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 タイトルとは裏腹に私はラーメンに対してあまり執着はありません。このエントリは私の友人と体験したニューヨークシティーでの物語です。

 私の友人(日本人)はラーメンが好きで、ラーメンを食べにNYCに良く行きました。実際、デラウェア州からは車で2時間くらいの距離にあるため、結構ヒョイヒョイとNYCまで出かけることは日常茶飯事となっておりました。私と友人はNYCに行くとラーメン屋以外に必ず行くところがあります。まず日本では食べることのできなくなってしまったタイムズスクエアの吉牛。日本の書籍を買いあさるため、ロックフェラー前の紀伊国屋やグランドセントラル近くの旭屋書店、そしてユニオンスクエアにあるブルワリです。

 さてラーメンの話に戻りますが、そこの店員の態度が非常に不愉快だったお話となります。営業妨害になってしまうので、詳しい場所と名前は伏せておきますが、まあ行くたびに嫌な思いをしたものでした。ではなぜ行くのでしょう?そう、すでにそれが快感もとい新感覚を提供してくれるからです。

 お店自体はアメリカ人もやって来て、結構繁盛しているように見えます。味も良いと思います。しかし店員の態度やしつけが、日本のそれというよりアメリカのレストランのウエイター・ウエイトレスの様、というかそれより酷いです。もちろん店員はほぼすべて日本人なのですが...例えば席に誘導するとき、ナプキンがテーブルの上には置いてありますね。まあ無いとしてもそれはいいのですが、こともあろうにその店員はカードゲームでカードを投げるようにテーブルにナプキンを放るのです。しかもその店員は私の母親くらいの年齢のかた...まあ細かいことなので、はっきりいってどーでも良いのですが、でもそういった人たちがある意味日本人の代表の様に人種のるつぼであるNYCの人々には映るわけですよね。かなりイヤな気分になりました。

 まあそれは我慢しました。(まあ自分とは違った観点のヒトなのだろうと自分をナットクさせて...)そしてラーメンを食べ終わり、支払いを終わり店を出たところで、店員が追っかけてきて

「すいません、チップ払ってください(日本語)」

 さすがにスゲーと思いました。これを外人にもやっているのでしょうか?友人と私は非常に不安になったため、その後足繁くそのラーメン屋に通うことになるのです。

【2005/06/14 12:08】 | 思い出(東海岸編)
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 これまであんまりはっきりと言ってませんでしたが、私は現在モンタナ州のある街に住んでおります。今年の1月に東海岸のデラウェア州から引っ越して参りました。自分の車にできるだけの荷物を詰め込んでの移動。そして初めての超長距離ドライブ。デラウェアからナイアガラフォールまでは2回、ノースカロライナまでは1回、ドライブしたことがありますが。実際、刺激的な旅でした。地図を見ればわかると思いますが、ほとんど大陸横断です。ルートはメリーランド、ペンシルヴァニア、オハイオ、インディアナ、ミシガン、ウィスコンシン、ミネソタ、サウスダコタ、ワイオミングそしてモンタナといった具合でした。冬季ということもあり、雪が心配だったので距離があるにもかかわらずサウスダコタのルートを選んだのですが、結局雪に遭いました。でも東海岸とは異なる景色は非常に興味深く、一人旅だったのですが退屈はしませんでした。特にミネソターワイオミング間はなんにもない平原が広がっており、本当に自然の中に一人でいると実感しましたね。そして私の車はアメリカ製にもかかわらずこの2200マイルの道程をよく完走してくれました。これには感謝です。

 この旅程でもっとも気を遣ったのはガソリンの残量と日暮れの早さでした。特に前者に関してはワイオミングを通過しているときに、残量がほぼ空になってしまったにもかかわらず、まわりには一軒もガスステーションを見つけることができなかったこと。そのときすでに日没時間を過ぎており、ただただ漆黒の闇が広がるばかりのなかを戦々恐々としながら疾走しておりました。おまけにその地域は携帯電話の信号も届かない僻地。これではAAAも呼べないと思いながら、車を進めていくと、GSの看板が。嬉々としてランプを降りていくと、あるのはただただ闇。さすがにそのときはビビりましたね。ブレーキをほとんど使わずにガソリンをセーブしていたので、そこでのロスはかなり落胆させられました。そのあと比較的大きな街にたどり着き宿をとることができたのですけどね。

 途中の景色で印象的だったのはネイティブアメリカンの居住区を通過したときでした。あきらかに人が住むには厳しすぎるような荒野が広がっており、当時のネイティブの方々には敬意を払わずにはおれません。また冬であったため本当に気温が低く(おそらく常に氷点下)、車の外に出ればものの数分で凍えてしまいそうな環境でしたので、その苛烈さを一端ではありますが感じることができたと思います。

 しかしどこに行ってもどこかしらには人の手が入っており、改めて開拓時代の過酷さそしてそれに対する開拓精神に思いを馳せるのでした。

 

【2005/06/14 03:41】 | 生活
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米国生活の光と影
CooYou
蒼流さま、

 再びのコメント、ありがとうございます。またロッキー山脈越えのアドバイスもありがとうございます。今回のデラウェアーモンタナ間のドライブでタイヤが結構へっているので、交換しなければなりませんが。今のクルマが壊れる前に是非、シアトルまで行ってみたいですね。今後の課題として考えてみます。ただ今夏はグレイシア国立公園に行くことを画策しておりますので、もし実現いたしましたら写真などを本ブログにアップしようと思います。ご期待ください。

 米国での生活は日本で思われているような華やかなものばかりではないですよね。わたしもつい先日、日本では考えられないような銀行口座への不正アクセスがありましたし... むかしNYCのバスターミナルではなんだか詐欺まがいの目にあいました。やはり外国にいるんだからつねに警戒しなければいけないのかもしれません。

 それでは体調など崩しませんよう、ご自愛くださいませ。

CooYou

ロッキー山脈超え
蒼流
CooYou様、こんにちは。再び登場してしまいました。 モンタナ~ワシントン間には「ロッキー山脈超え」が待ち受けてますからね・・・。横断旅出発前に、ロッキー山脈超えにはくれぐれも気をつけろ!と何回言われたことか・・・。風・石(岩?)などに気をつけないと谷へ・・などと脅されました^^; 実際は、天候にも恵まれどうってことない道のりでしたが、モンタナ州Billingから一気にワシントン州Spokaneまで頑張ってしまい(Missoulaでガス補充した筈なのに)、ガス欠のピンチに陥りました。あまり車に優しい環境でない事は確かです^^;

 Pow Wow・・・初耳です。それぞれ独自の文化などもあるでしょうし、色んな意味で良い交流でしょうね。John様がおっしゃってる事は一理あると私も思います。少し前にネイティブの血を引く方とお話する機会があり、貧富の差が壁となり居住区を出るに出れない方も多いと伺ったのを覚えています。そして民族ごとの貧富の差もあるともおっしゃってました。聞けば聞くほど興味をそそられ、一度きちんと歴史や文化など調べてみようと思いました。

 アメリカ在住・・楽しい事より面倒くさい事ばかりが山積みとなりつつある生活をしております。
お互い頑張りましょう。それでは、お邪魔しました。

           蒼流

前回のコメントに、「同情者」とありますが「同乗者」の間違いです・・・失礼致しました。


PowWow
CooYou
蒼流さま、

 拙文を読んでいただき、またさらにコメントまで残していただきありがとうございます。私もあとモンタナからワシントンまで運転すれば横断になるなぁ~と考えておりますが、John(ラボの同僚)には車の状態がよくない限りはやめた方が良いと言われています。

 さてネイティヴアメリカンに関連してセミスタの終わり頃にPow Wowなるものが催されておりました。蒼流さまはご存じかもしれませんが、ネイティヴの各部族があつまり、彼らの伝統舞踊などをお披露目するものだそうです。先ほどのJohnの話だと、彼らは昔の様に居留区に強制的に拘留されていることはすでにないそうですが、いまだ貧富の差のためにその地から出られないことと、またその地での生活(たいていは酪農ですね)を確立したため、旧居留地にとどまっているということでした。私もそのことに関して精通しているわけではないので、その真偽は定かではありませんが、それなりに説得力のある理由だと思いますし、また確かに理由の一部として貧富の差は存在していると思います。

 蒼流さまも米国在住者とのこと、いろいろと楽しいこともあればつらいこともあると思いますが、お互いに頑張りましょう。

CooYou

横断ドライブ・・・
蒼流
初めまして。こんにちは。突然失礼します。タイトルに惹かれブログを拝読させて頂きました。あまり感想や足跡を残さない方なのですが、ついこの間似た体験をしたので思わずコメントを・・・。自分の場合は、ミネソタ~サウスダコタ~ノースダコタ~モンタナ~アイダホ~ワシントンの半横断でしたが。サウスダコタで雪道スピンしたり、モンタナでガス欠間近を経験したり・・となかなかの貴重な体験でした。日本と違い、夜道は街頭がなく怖いですよね。夜道は運転せず、夕方までと決めてのドライブでもあったので、ミネソタ~ワシントン間6日かかりました。

CooYOU様が述べられてるように、インディアン・リザベーションを通過した時は自分も色んな思いを抱えました。1人旅ではなかった為、同情者と少し討論会になってしまったりもしましたが、間近で彼らの生活を垣間見ることができたので討論会が感想発表会になりました(笑) 聞くだけではなく実際に話したり経験することが大事だなぁとつくづく実感しました。

全くの手付かずの自然の中に住む友人を訪ねた時に自然の恐さを凄さと共に感じる事が出来た為に、自然公園とはいえど人の手が入っている事に少なからずの寂しさを覚えました。
しかしながら、この国の広さには圧倒されました。

 また一拝読者に戻ります。頑張ってください。同じアメリカ在住者として応援しております。それではお邪魔しました。

                 蒼流

 

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 まず断っておきますが、私は過激なゲームフリークではありません。ただ以下のリンクにあるようにSCEIのユーザを置いてきぼりにした展望に我慢ならなくなってエントリーします。

http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0608/kaigai186.htm
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0609/kaigai187.htm
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0613/kaigai189.htm

 まずこのSCEIの久夛良木氏の発言ですが、後藤氏の補足・註釈がなければ非常に難解な内容になっていると思います。まあ夢自体を語るのは良いと思いますが、なんだか空虚に聞こえるのは彼自身に確固たるものが無いからでは?と勘ぐってしまいます。

 私の中で家庭用ゲーム機から遠ざかってすでに数年が経とうとしています。私はファミコン世代なのですが、任天堂のファミリーコンピュータにはあんまり興味を示さず、任天堂支配の時代をあまり身近には感じておりませんでした。家庭用ゲームで遊び始めたのは、NECから発売されたPC Engineで、いわゆるSEGAのMegaDriveおよび任天堂のスーパーファミコンといった三つ巴の戦争が繰り広げられた始まりの時代です。

 当時の私は自分なりに価格統制やチップ供給制限などの任天堂支配を感じており、それを打破するのは家電メーカーのNECから発売されたPC Engineだと信じておりました。PC Engineは当時画期的と言って良いコア構想なる拡張計画を打ち出し、現在では当たり前のように搭載されている光学ドライブやネットワークゲームなどの概念を説き進めていたように感じられます。結果的には性能競争やゲームの質の陳腐化により、時代の流れには勝てませんでしたが、ゲーム史上で大きな業績を示したと言って過言ではないでしょうか?この時代よりユーザーは初めて大容量化によるゲームの豊かな表現の恩恵を体験すると同時にゲーム性自体の重要性を再認識する形になったと認識しておりました。

 しばらく後に、SCEIからPlay Stationが発売されました。その当時、私はすでにPC Engineで「天外魔境」、「天外魔境II」そして「Y'sシリーズ」、MegaDriveで「ファンタシースターシリーズ」や「シャイニング&ダークネス」、スーパーファミコンで「ファイナルファンタジーシリーズ」といったRPGを楽しんでおりましたが、すこし食傷気味になっていたのも事実でした。そこでPSの伝説のゲーム、「Final Fantasy7」の登場です。はっきり言ってその開発画面だけで衝撃を受け、このゲームがきっかけでPSを購入することになりました。実際にプレイ後も私のその期待は裏切られませんでした。マシンの性能とゲーム性やストーリーが融合し昇華した傑作だと今でも信じております。

 しかしながら私はPSよりさらに高性能なPS2を購入することはありませんでした。FF7以降のFFシリーズもプレイしてみたのですが、「7」ほどの衝撃は受けませんでしたし、これは齢を経た為かと自分で妙に納得したこともありますが、「7」で感じたゲーム性とマシン性能の必然性などを感じなくなったことも一因にあると思います。つまりPS以上の性能をもってきてもそれに見合うゲーム性を演出できないところまできてしまったのではないかと感じたのです。

 そこで今回のPS3です。ここで本来、SCEIはマシン性能をアピールするのではなく、どのようなことを実現できるかをもっと具体的に示すべきだったと私は思います。上リンクの久夛良木氏のインタビューはまるで明確なビジョンを提示できないソニーサイドの言い訳にしか聞こえません。それに対してXBox360やRevolutionはその内容はどうあれ具体的なビジョンを明示しております。あくまでも私見ですが、ひょっとしたらマイクロソフトは今回、覇権を握れるかもしれませんね。値段と出てくるゲーム次第でしょうが。そのゲーム開発に関しても、マイクロソフト陣営は開発ツールを早い時期から説明していたこともこの予感に起因します。もちろんこれには反論もあると思うし、私自身PS以降のゲームに精通しておりません。そして私自身もバイアスのかかった意見を持っていると認識しております。ただ今回の久夛良木氏の談話は我慢ならなくなったというのが至極私的な感想です。

 私はSCEIがPSを出した頃は本当にPSにその将来を期待し、その結果は素晴らしいものであったと思っております。しかし今回のPS3は技術論ばかりが先行して、なんだか雲をつかむような話になってしまっていることが残念でありません。

【2005/06/13 13:18】 | コンピュータ
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 こちらは土砂降りの雨。そのせいか、それともこの3日間の多忙さからか泥のように熟睡しました。研究のほうでちょっとおもしろいことになってきたので、この週末の忙しさにもかかわらず充実感というものがありました。

 さて私は結構な自作オタクです。6年ほど前、そのころはMacintoshを使っていましたが、今後の勉強のためにと自作を始めました。きっかけはたしか「5万円で組み立てられる自作パソコン」とかいった本と後輩が経験者で彼の後押しというのもありました。1日中、秋葉原を練り歩いてパーツを選び、自宅で組み立て、そして起動したときの感動はひとしおでしたね。たしかそのときのパソコンはK6-2の350MHzでした。それに飽きたらず、かわいい(?)後輩たちをたぶらかして自作を勧め、みんな(7人ほど)で秋葉原へ。女の子も2人ついてきましたが、それにもかかわらず6時間くらい飲まず食わずで練り歩き、そのままラボへ直行。そして組み立てと。またさらに大分から帰省していた友人をまたたぶらかして、(本人はノートパソコンを希望していた)また秋葉へ。彼もやはり自作することになりました。

 思えばあれからMacintosh離れが始まったのかもしれません。それでもSE30にOpenBSDをインストールして、sambaでWindowsでもアクセスできるようにしたりと、WinとMacの平行利用を画策していたような気がします。結局、渡米と同時にMacintoshとは決別(というか持っていけなかった)することになりました。

 アメリカでの最初の1年は友人が送ってくれた彼の自作パソコン(なぜかSega Saturnの筐体に納められていた)を使っていましたが、それも調子がわるくなり、こちらでミニタワーのVAIOを買う決心をしました。(当時は常に日本に帰ることを考えていたので、これはかなり躊躇したものです。)その後はもうなにか吹っ切れたように、改造することに。VAIOは1.3GHzのCeleronがのっていたのでこれを1.4GHzのPentium IIIにしたり、Evercoolの水冷キットで水冷にしてみたり。また水冷にも興味がでてきたので独Innovatekのキットを買って、新たに組み立てたCeleron 2.4GHzのパソコンに組み込んだりしました。しかし今回の引っ越しでなんだか両機とも調子が悪くなり、結局、普通の空冷に戻しましたね。そんな背景というか自作履歴があります。

 さすがに最近は低価格ラップトップが出回っているのと、学会や共同研究などで米国内を移動する機会が増えたのでHPのCeleron M搭載機を買いましたが。

 今日は日曜なのですが、雨なのでたぶん家でゴロゴロしていることでしょう。それも不健康なのでなにかせねば...部屋の掃除は昨日のエントリーの様にroombaがやってしまったので、トイレ掃除くらいか?!

【2005/06/13 01:45】 | コンピュータ
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