米国けんきゅうにっき 2005年07月
学位取得後、研究者として米国へ。このさきどのようなことが待ち受けているのでしょうか?
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 今日はサバティカルの先生の送別会ということで、ラボの近くのバーでナゼかしこたまビールの飲みましたぁ~。明日はMichiganに向かって出発ですぅ~。

冬のLongwood Garden
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冬景色昼と夜の顔


 この庭園の始まりは寒い地方でも熱帯の植物は育てられるというduPont社の社主の思想により創設されたものだそうです。でも今日は眠いのでくわしくはコチラへ。

冬の景色
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冬のイルミネーションクリスマスツリー冬の噴水


 という具合に(日本人には)マイナーなデラウェアにも見所はそれなりにあります。
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【2005/07/29 14:03】 | 思い出(東海岸編)
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 今日はポスターの仕上げとKinko(印刷センター)にデータを持っていきました。24時間で印刷するそうですが、ガリ版のチェックをするため指定の時間に行ったらまだ刷っていないとか。あわてて印刷してました。アメリカらしいですね。今日はサバティカルで来ている教授がビールを振る舞うとかで、ボスとラボマネージャーがバーに行ってしまいました。私やほかの人達は明日の夕方だそうです。この先生、実は私の知り合いの方を何人か知っているんですよね。

 昨日の予告通りに今日はYuenglingのお話を。まず所在地のPottsvilleですが、例のゴーストタウン、Centraliaに行く途中にあります。そしてここには数多くの死刑が執行されたという刑務所があり、未だ現役だそうです。(というか門に近づいて写真を撮っていたら、「何か用か?」とインターホンで聞かれました。)

Pottsvilleの刑務所
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正面から脇の駐車場から


 Yuenglingの工場はそれとは反対側にあります。結構急な坂の途中にあり、古い作りの建物が丘の中腹にそびえ立っています。

Yuengling Brewing company
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その建物正面のアイスクリーム屋の廃墟米国で一番古いという証


 私たちは幸い、この見学ツアーに参加することができました。ツアー中にはYuenglingの歴史やビールの製法などの説明がなされましたが、ビールの供給先のお話になり、ガイドさんがみんなに出身地を尋ねたところ、オレゴンから来たという見学者がいてみんなのどよめきが。でも私たちの順番で、日本というとさらにどよめきの渦がおこりました。でもガイドさんは「西海岸では見られるかもしれないけれど、残念ながら日本には供給はしていないんだよ」と話しておりました。だからアメリカに来るまで知らなかった銘柄だったわけですね。

工場の中はどうなっているの?
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Fermentation tanktankの中天井にはステンドグラスが...


 さてさらに奥に行くとパッケージングの行程になります。そこでは比較的近代的な装置(たしか生麦のキリンビール工場にもにたような機械が)があり、みんな一所懸命に作業してます。コンベアには昨日紹介したlagerの瓶が。

流れるビール瓶
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なかなか壮観で私たちは興奮気味


 そして最後に紹介したいのが、この写真。ギフトショップで購入したジーンズジャケットの背中の刺繍です。

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【2005/07/28 13:15】 | 思い出(東海岸編)
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 今日は久しぶりにボスに会いました。もう一月以上会っていなかったのでは?で、学会のポスターについて話ました。私は金曜日にココを出発するので、明日には印刷屋さんに持っていきたいところですね。と同時に実験もちょこちょこと。でも昨日はあんまりうまくいかなかったのに続いて、今日も失敗か?

 ところで昨日の揺れはやはり地震だったみたいです。学生さんの話によるとモンタナ州はカリフォルニア州よりも頻繁に地震が起こっているそうですが、ほとんど無感地震とのこと。でも二、三十年に一度、昨夜の様な有感地震があるとか。まさに昨日は東京の地震について母親に電話したときに起こったので、なんという偶然の一致でしょうかね。

 ところで前のエントリーで私はおなすが好きと書きましたが、デラウェアにいたころに近くのPathMark(スーパーマーケットのチェーン)で売っていたおなすです。それと実はオクラも手に入りましたが、こちらでは見かけませんね。

東海岸で見かけた食材
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本当にナスの味ですオクラはokraです


 東海岸の市販ビールといえば、ちょっと詳しい方は通称、サムと呼ばれているSamuel Adamsを連想されるのではないでしょうか?日本でも飲めますね?青葉台の○OPAとかで。あまりにメジャーなので、ここではもう一つの雄、Yuenglingを紹介しましょう。

Yuengling Beer
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lagerporter


 Samuel Adamsはボストンのビールですが、このYuenglingはペンシルヴァニア州の中程にあるPottsvilleという町が発祥で、アメリカで一番古いビール会社だそうです。そしてデラウェアにいるときに一番お世話になったビールでもあります。残念ながら、ここモンタナでは手に入れることはできませんが、アメリカに来てからの良い思い出の一つです。このYuenglingのお話はまた次の機会にでも。

【2005/07/27 07:43】 | 生活
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 なんだか夜になって急に寒くなってきました。しかも地震?!ちょっと揺れました。地震なんてほとんど無いと聞いていたんだけどな~。

 アルバムを見ていたらおもしろい建物の写真が。ココは前の研究室の学生さんが教えてくれた場所、ペンシルヴァニアのレディングという街にあるパゴダという建物です。レディングの外れにある丘の上に街を見下ろすように立っています。歴史などの詳細はコチラをどうぞ。

Pagoda Skyline
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Pagoda全景塔のたもと
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階段を上ると最上階には鐘が屋上からReadingの街を見る


【2005/07/26 15:18】 | 思い出(東海岸編)
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 昨日は夕方にクルマのリアウィンドウにサンシェードを貼り付けておりました。

......ペタペタペタと貼り付けていると

「うぉっ、が~」「いや~ん、が降ってきた~」

などと自然現象により作業を妨げられましたが、なんとか終了。でも気泡が結構入ってきて出来映えがあんまりよくない(T_T)......

その合間に料理をしました。アメリカの生活ではなにを作っているの?とギモンに思う方々の為、今回は普段何を食べているのかを大公開!マック、バーガーキング、ウェンディーズをローテーションという不健康な食生活は送ってませんよ。ちゃんと作ってます。私はお米が好きなので、ほぼ毎日ご飯を食べます。たぶん今の日本の若い子たちよりもたくさん米を食べているのではないでしょうか?従って自ずとそれに見合ったおかずを作りますね。一番簡単で日持ちがするのはやはりカレーです。昔、インド人の友人に連れられてインド人経営の食材店でいろいろな香辛料を購入し、インドカレーを作ったことがありますがチリパウダーの分量を間違えて殺人カレー(>。<)になりました。かつてのルームメイトに毒味をしてもらったところ、「速やかに捨てろ」と言われました。ヒドイでしょ?ひどいのはカレーの味なのだけどね。そんなわけでカレー作製で冒険するのはやめて、おとなしくアジアングロッサリーで手に入れることができる日本製のカレールーを使って作ります。それが無難。ただ入れる野菜類はいろいろと選べます。私はおなすが好きなのでよく入れるのですが、いわゆる米なすは好きではありません。たいていItalian EggplantやJapanese Eggplantを探して買います。

 ほかの料理としてはサバの味噌煮。これも大好きなのですが、まず新鮮な鯖が手に入らない。たいていしめさばの真空パックで代用です。あとは豚汁。里芋(taro)は手に入るのですがゴボウ(burdock root)がなかなか見つかりませんでした。代用品としてyucca root(ランの一種だそうです)とかparsnip(アメリカボウフウというそうですが、日本語ですら知らない種)とかを入れてみたりしました。まあ根野菜ならいいかというノリで。

 さて昨夜はですね、ビーフシチューを作りました。でも作るのは簡単なんですよ。ビーフシチューの粉が売っていて、それに小麦粉を混ぜ水に溶いて、野菜や牛肉と一緒に耐熱袋に入れてオーブンに放り込むだけ。手間といえば野菜を切ることと、あとはオーブンをプレヒートさせておくことくらいかな?あとは1時間半ほど待てばかなりうまい具合にできあがります。同様のパウダーのシリーズでミートローフもやはり簡単にできますのでたまに作ります。そういえば以前、デラウェアにいたころはナゼかお菓子作りに凝って、ポットラックパーティ(アメリカではみんなで料理を持ち寄ってパーティをします、これをそう呼ぶのです)の為にしばしばパイとか作りました。私自身は甘いモノはあんまり食べないのですれど。

 ナゼ、外食せずに料理をするのか?それはたぶん私が元合成化学者だから?いえいえ生きるためですよ。

【2005/07/26 03:16】 | 生活
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 前のエントリーでイエローストーン国立公園についてふれたときはマンモススプリングについて書きませんでした。理由はですね、例の同じデパートメントの日本人の方はおそらくマンモスは素通りしてオールドフェイスフルに行くと思い、スケベ心から彼()を追跡したかった為です。というのは冗談(半分本気でした...すいません)ですが、冬にこのマンモスは立ち寄ったことがあるためです。正確には冬のイエローストーンはこのマンモスとタワー滝直前までの道しか開通していませんので、クルマでの移動はかなり限定されマンモスくらいしか見る場所は無いといえます。雪上車ツアーというものがあり、これでオールドフェイスフルまで行くことができますが、予約が必要なのと移動にほぼ1日かかるというネックもあります。

 というわけで冬に訪れたマンモスの紹介です!

Mammoth Spring周辺
Mammoth周辺

Yellowstone GateMammothOld Faithfulオールドフェイスフルが表示されていますが、この位置からだとかなり南下しなければなりませんので、地図で見受けられるほど近くはありません。

Upper Terrace
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通行止めからのトレイルを行くと...ひらけた場所に
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温泉段丘群がテラス左右端に展開

 以前にも述べましたが私は体力が無いので、トレイルに沿って下まで降りずにクルマに戻り、Lower Terraceへ。
Lower Terrace
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またこのようなトレイルを歩く門番のようなLiberty Cap次に遭遇するはDevil's Thumb
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Lower Terraceのまだ若い温泉段丘群


 どこかのブログでイタリアかトルコだかの温泉段丘と比較してショボイと言ってましたが、私は行ったことがないので感銘を受けました。

 こんな感じで地図と対応させてイエローストーンまでの道筋を紹介しました。今後の参考になれば幸いです。

【2005/07/25 12:10】 | 国立公園めぐり
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 アメリカは自動車社会ということであるにもかかわらず、みんな運転が下手です。う~ん、下手というのも違うかも。たぶん安全認識の違いなのかもしれません。タイトルはかのように書いてありますが、女性ドライバーだけでなくどんなヤツも危険な運転をしますので、女性ドライバーだけを注意していれば良いというわけではありません。ただ個人的経験からこのようなタイトルになりました。というのは今朝、オイル交換をしに行く途中で前に右の道から進入してくる車がありました。まあこの車は「ちょっと強引かな?」と思うくらいで、距離的には安全な位置からの進入だったので良いのですが、その後続車も進入してきたのです!これはさすがにアタマに来たというか、あやうく接触するところでした。なんとか減速して接触は回避しましたが、そのクルマの搭乗者である女性二人組は、そのまま何事も無かったように進入です。すなわち奴等はブレーキを踏まなかったワケですね。もう一つは二月ほど前のこと。研究所近くの道をゆるゆると走っていると、左に挙動不審のクルマが。どうもこちらが走っている道に入ろうとしているのはわかるのですが、どっちの車線に入るか判別できません。(当然、方向指示器も出していない)仕方がないので減速しつつ動向を探っていると、ヤツはこともあろうに私の車の前に入ってくるではありませんか。しかも進行方向をこっちにむけて。つまりヤツは逆走しようとしたのです。見れば女の子(というくらいだから二十歳前後)でした。この二つの出来事が私の米国での女性ドライバーの心象を悪くしているのです。東海岸でも、「みんな、運転がうまくないな」とは思っていましたが、少なくともこのような出来事はありませんでした。まあモンタナは交通事故が多いらしいですからね。

 今日はちょっとクルマの掃除をしようと思い、オイル交換の後にパーツショップに寄りました。クルマ用のガラスクリーナーを買いましたが、以前のエントリーでもふれたようにアンモニア入りではないものをもちろん買いました。なぜクルマの手入れをするのかというと、これも前のエントリーでふれましたが今週末に学会に参加するためにMichiganに行かなければなりません。今回はデラウェアーモンタナ間を走破した冬期とは異なり日が長いということもあり、クルマで行くことにきめました。そのための一連の整備ですね。前回、オイル交換をしたのがグレイシア国立公園に前でしたが、すでに2000マイル走ってしまったので、今朝オイル交換に行ってきたのもそのためです。今回は往復なので計3800マイルくらい、つまりデラウェアーモンタナ間の距離よりも長いことになります。幸いクルマには目立ったトラブルはありませんが、AAAのプラス会員(これの逸話もいつか話さなければ...)ですし、携帯も一新したのでたぶん大丈夫でしょう。あとはPhillyの友人が本当にシカゴまで来てくれて、復路をともに行動することを期待しているのですが。そんなわけで、そのへんもこのブログにアップしていきたいと思います。ちなみに予定では往路はノースダコタ経由で、帰りはサウスダコタを通り、マウントラッシュモアやデビルスタワーなどに立ち寄りたいと思います。

【2005/07/25 03:27】 | 生活
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 土曜日ということで誰もいないことを期待してラボに行くと...イターッ!まあ仕方がないのですが、でも実験中にいろいろと聞かれるので、なかなか集中できない。だから土曜に来ているのに~。と言っているそばから、定量を失敗したみたい...すいません愚痴から始まって。

 今日もまた地図を作りました。

Chico Hot Spring周辺
around Chico
Chicoへの道EmigrantよりChico Hot Spring例によって赤丸で画像あるいは関連サイトに飛びます。LivingstoneからYellowstone Riverに沿ってルート89が南下しています。これがYellowstoneにそのまま続いています。さてこのルート89をEmigrantの給油所で曲がるとChico Hot Spring resortになります。まわりは何も無いので不安に思いましたが、しばらく行くと看板があります。本当に山のすぐ麓にあり遠くからでもその存在を確認できます。

Chico Hot Spring
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リゾート内のホテル昼の温水プール夜の温水プール

 冬の屋外温水プールはまたなかなか良く、その夜の星空も格別の美しさです。またこのプール、バーに直結しているので、ビールを飲みながらお湯につかれるというのもあまりアメリカでは経験できないことかも。ここのバーには2回立ち寄ったことがありますが、そこのオヤジは私のことを覚えていました。日本人というのは珍しいのかしら?しきりに「料理の鉄人」の話をしてきましたね。

 ところでこのあたりは暗くなるとまったくまわりが見えなくなるので、移動は日のあるウチにどうぞ。

【2005/07/24 04:18】 | 国立公園めぐり
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 昨日から遺伝子いじってます。今週前半にタンパク質を精製したので、カラムの洗浄と同時にPCR(polymerase Chain Reaction;とどのつまり、目的の遺伝子を釣りあげて増殖させるのです)を仕込みました。今日はその分析。電気泳動(遺伝子を乗っけた寒天の両端に電極を付けて、電圧をかけるとアラ不思議、遺伝子が動き出すのです。)を流している間はなかなかヒマです。その電気泳動ですが、なんだか今朝ごたごたがありました。だいたい80ボルトくらいの電圧を掛けると40~50ミリアンペアの電流が流れるのですが、なぜか今日はその半分程度の電流値。どうやら緩衝溶液が新しいものになっていたのが原因か?そこで作った本人を前に尋問となりました。全員がどうかは知りませんが、少なくとも私の現在所属するラボに居るバイオを専攻していた人達は化合物の種類やその物性に無頓着です。たとえばこの緩衝溶液、EDTA(EthyleneDiamineTetraAcidic acid;お酢の親戚みたいのが4つくっついている化合物、といったら怒られそうだな...)という化合物を含んでいますが、これを調製するときにどの型のEDTAを使ったかで、その電流の流れ易さが変わってしまいます。そういったことを考えずに、彼らはレシピに忠実に緩衝溶液を作るワケです。まあ目的はそこではないから良いのだけれどね。

 さて今回は地図を作りました。LivingstoneからParadise Valleyへの俯瞰図です。これでなんとなく位置関係などを感じていただければ幸いです。作成ソフトウェアは"カシミール3D"です。

Livingstone周辺
around_Livingstone


Neptune Breweryinto the Paradise Valleytoward_LivingstoneAt the GS in Pray
 赤丸はクリックすると写真或いは関連記事が開きます。"into the Paradise Valley"から上の山で囲まれている地形がParadise Valleyです。この先にGardinerというYellowstone国立公園の入口があります。こんな感じで次回は途中にあるChico Hot Springです!

【2005/07/23 02:30】 | 国立公園めぐり
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oui
なるほど!!わざわざしがない一学生のために、お時間を割いていただき本当にありがとうございます!勉強になりました!お話がとても分かりやすくて、脳のない自分にも理解することが出来ました。

EDTA!!
CooYou
ouiさま、

 コメント、ありがとうございます。大学生の方だそうですね。勉強の方、頑張ってください。どのような分野に将来進んでいくかによりますが、やはり基礎はとっても大切ですよ。さてEDTAの種類ということですが、まずは以下のリンクを開いてみてください。

http://blog12.fc2.com/c/cooyou/file/EDTA_acid_form.gif

 ethylenediaminetetraacidic acidの化学構造式です。赤いサークルの部分を化学ではカルボキシル基(carboxyl group)と呼んでおり、水溶液中では先っちょのOHの部分が解離してプロトン(H+)とカルボキシレート(carboxylate; _ateはアニオン、すなわち陰イオンであることを示します)となります。さて構造に戻ると、4つの赤いサークル、すなわち4つのカルボキシル基が同じ分子内に在りますね。つまりEDTAは水溶液中では潜在的に4つの部分でプロトンを解離する可能性があります。その指標が生物でも重要なpHの概念です。それを念頭に置いて試薬カタログを開いて見ましょう。手元にあるシグマーアルドリッチによれば大別して、EDTA(acid form)、EDTA disodium salt、EDTA trisodium salt、ETDA tetrasodium saltというものが購入可能です。これは上記のカルボキシル基にあるプロトンをナトリウムに置き換えたモノ。そして4つというのは、ナトリウムを1つ、ナトリウムを2つという様に置き換えた組み合わせです。ということで"4つの型がある"と記載しました。違いはもちろんあります。それぞれ水溶液にした段階でpHが全く異なります。当然、電気泳動で使う為にpHを調節しますよね?そのときにどの型のEDTAを用いたのか(他にもEDTAはカリウム塩を購入できます)、そして初期のpHが酸性の場合、どの種類の塩基(水酸化ナトリウム、それとも水酸化カリウム?)で調節したかで、電気の流れ具合が変わってしまいます。(もちろん上記の様なEDTAナトリウム塩を用いた場合は水酸化ナトリウムを使うべきだと思いますが)そういう理由で使用する試薬をきめておかないと、電気泳動をかけるときの電流値が一義にならないということが起こり得ます。また電気泳動のバッファTAE(Tris-base/酢酸/EDTA)はpH8.0と定義されているので、pHの調整をより簡便にするために酸型のEDTAを用いるのは避けるべきだと思います。

 ちょっとくどい説明になってしまいましたが、答えになりましたでしょうか?それではこのようなブログに立ち寄っていただき改めてありがとうございます。

cooyou


oui
私は生物を少し勉強している大学生です。4種類のEDTAとはどんなものですか?私も実験で電気泳動のときに同じような感じになったんです。

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 昨日は毒を吐きすぎましたので、話題を変えてYellowstoneへ続く道を書きつづりましょう。

 Yellowstone国立公園にモンタナから入るルートは3つあります。一つは以前に紹介したWest Yellowstoneから入るルート。二つ目はLivingstoneという町からParadise Valleyを抜けて入るルートです。これらはいずれもBozemanという街からのアクセスが便利。最後のルートBillingsという街から入るルートとなります。Bozeman、Billingsともに空港があり、Seattleからのアクセス便も比較的豊富で交通の便は良いです。

 今回はLivingstone経由でのお話を写真掲載でいきます。LivingstoneはBozeman-Billings間にある比較的大きな町で、Yellowstone国立公園に入る要所の一つです。町はI90に対して反った形でのびており、その北と南では様相が大きく異なります。公園の入口に近い南西側は比較的栄えているのですが、北東側はなんだか閉鎖的というか開拓史時代の様相をそのまま残した様な町並みを見ることができます。また西部開拓時代には"Calamity Jane"という女傑も一時期身を寄せていたそうです。今回の話題のブルワリ、Neptune Breweryはその東側にあり、未舗装道路に沿った場所に位置しています。

Neptune Brewery
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こんな道を進んでいくと...怪しげな小屋が...でもおいしかったです


 どうもガレージを改造して造ったブルワリらしく、殆ど経営者は趣味で作っているのではないでしょうか?この建物の前は未舗装ということもあり、入るにはかなりの勇気が要りましたが、なぜかカウンターには綺麗なおねーさんがいてビールをサーブしてくれます。ビールもなかなかユニークな味で良かったです。

【2005/07/22 07:12】 | ブルワリ
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 連続エントリーです。Arlington墓地で埋葬された方々に対して敬意を表したいことと、米国まで来ることができない方たちに少しでも現実を伝えたいため、前エントリーとは別にさせていただきました。また墓所を写真におさめるというのもどうかと思ったのですが、やはり上記の理由で掲載させていただきます。

 アメリカ合衆国は建国年に較べて多くの戦争を体験しています。そのためでしょうか、その国民の愛国心は特に大きいと思います。その一つの象徴としてArlington墓地があります。

Arlington National Cemetery
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墓地よりDCを望むジャクリーン夫人の灯した炎無名戦士の墓所


 墓地の各所には「静粛に」とか「死者に敬意を」といった注意書きがあります。改めてこういったことの民族間の共通性を認識します。

Space Shuttleでの犠牲
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チャレンジャーとコロンビア


 墓地の外にありますが、硫黄島メモリアルも見てきました。

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硫黄島記念碑


【2005/07/21 14:03】 | 思い出(東海岸編)
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 今回は吐きます。 

 どこでとは言いませんが東海岸の比較的大きな町で、あるヒトに出会いました。その人は一見、スター○レッ○に出てくるバ○カン星人みたいなのですが、前髪がそろってるぅぅぅ~。ちょうど私の送別会をしてくれるということで、そのバル○ン星人も参加してくれました。それどころか引っ越しの際に、捨てる物の処理も手伝ってくれたとっても良いヒトであることも付記しておきます。その送別会も夜が更けて宴もたけなわとなった頃、どこでそうなったのか憂国論?それとも日本の自虐的歴史についての議論になりました。もともと彼らと飲むときはそんな話題になりがちなので、私も某カツヤというセルフタイマーカメラマンの様に壮士気取りの議論をしばしば展開しておりました。そんな比較的日常茶飯事の議論で突如そのバルカ○星人が牙をむいたのです。というかただの○ルカン星人だと思っていた彼でしたが、実はサヨクでした。これにはさすがに吃驚。

 もう何のギロンか忘れましたが、

私「中国側が言っている様な南京大虐殺はなかったとのことだが、ん?」
バ「大虐殺はあったダニ!!僕が読んだ文献にはそう書いてあったダニ!」
私「しかし、その文献とやらもキミが選択しているのではないかね、ん?」
バ「そんなことはないダニ!僕は非常に中立的立場でおのおのの意見を分析しているダニ!」
私「では当然、キミも見ているだろう靖国神社のHPだが...」
バ「僕のいちばん嫌いなものダニ。そんなもの見るわけないダニ!」
私「それでは偏っているのでは...」
バ「僕のどこが間違ってるダニ?僕はいろいろな情報源から意見や議論を得、非常に中立ダニ。」
私「...まあ、いいや。パール判事のことだけど...」
バ「彼は偏ってるダニ。(東京裁判を開催した)アメリカが間違っているわけないダニ。」
私「そんな断定的に言わなくても...まあいいや。竹島問題とか北朝鮮について...」
バ「日本は謝罪が足りないダニ。すぐに経済制裁とかウヨクのバカどもは言うけれど、まず北とじっくり話し合っていけばすべてオッケーダニ!」
バ「cooyouさんはそんな風にミギに寄っているけど、まず話し合いが大切ダニ!僕の言っていることは破綻していないダニ!」

 まあ脚色してますが、朝までこんな不毛な言い争い?が続けられました。私は戻って部屋の掃除とかしなければならないのに...彼は通り魔にも「まずは話し合いを、話し合いを!」とか言って刺されそうです。どこかでそんな彼を見つけたら、だれか助けてあげてください。

 なんども言いますが、彼は普段は温厚で良いヒトなのですが、こういった一面もあるということです。ヒトってコワイですね。

 上記でもすこし書きましたが、"南京大虐殺"や旧日本軍の"悪行"の数々。例えば、電話で私の母親とそういった話しをすることがあります。彼女は戦中に少女時代を生きた人なので、その心情は反戦に向いているということは理解できます。そういった人達が、反戦や平和を語ることには意味もあるし重みもあると思いますが、近年の私も含む若い戦争を知らない世代の人達が、むやみやたらに平和を叫ぶのはその言葉の重さを軽んじているように見えてしまいます。(渡米前は私もその一人だったと思います。)私たち日本人は、すべての真実を明らかにし、いろいろな人の意見や主義・思想を見聞きし、その上でなおも現実を直視せず平和を叫び続けるか、それともほかの道を模索していくかの岐路に立たされている時代にいることを認識しなければならないでしょう。

【2005/07/21 13:29】 | 思い出(東海岸編)
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 ここでの生活とは裏腹に、デラウェアにいたころは同じデパートメントの日本人の方と同い年ということもあり、休日はよく一緒に行動しました。といってもどこかのブルワリに行くのですが。(たぶん彼はそれが目的ではなかったと思います。)特に日曜日の真っ昼間からのビールという背徳感いっぱいの状況はやめられません。

 そんな変な感情に関連して、今日の話題は日曜日の真っ昼間から飲んだくれていた思い出です。しかも真冬に。もともとはその友人がNJに座礁船があるという情報を仕入れてきたのが始まりです。(これはこのブログのどこかでふれましたが、どこだか忘れてしまいました。ごめんなさい。)というわけで、私は早速最寄りの或いは通り道のブルワリの検索を開始しました。そしてニュージャージー、Atlantic Cityにその欲望のはけ口を見つけたのです。ブルワリというかビアパブはココ。シェラトンかなにかのホテルの一階にありました。このAtlantic CityはLas Vegasに並んで家カジノが有名ですが、私は賭け事に興味がないので、ブルワリの開店と同時に侵入。昼からの背徳感を堪能しました。またその名前とは対照的にすごい田舎を通っていきます。これもまた斬新な光景でした。(今となってはあれでもずいぶん都会ですが...)

Tun Tavern Brewing
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ホテルの1階冬でもつめた~いビール


 さすがに私もブルワリだけ行って終わりというのは、彼にも申し訳ないし、なによりビール以外芸が無いのかと思われるのも心外なので、ちゃんと観光スポットにもいきました、例の座礁船

Sunset Beach
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日没を背景に歓談夏は海水浴場?日没と同時にゾロゾロと...


 座礁船はチョット期待していたのですが、経年劣化が想像以上に進んでいるらしくかなり無惨でした。ウェブに掲載されている写真と較べてみてください。

【2005/07/20 13:18】 | ブルワリ
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 明日はタンパク質の精製。というわけでエントリーは明日の夕方以降になりそうです。その代わりに寝る前にエントリー。

 私がアメリカに渡ったのは2001年の7月の終わり頃でした。そのころは右も左もわからないし、英語も全然理解できませんでした。そしてある朝、ラボに行くとなんだか大騒ぎ。ラボの同僚の一人がジェスチャーも交えて「NYCに高い2つのビルがあるのを知っているか?そこに飛行機が突っ込んだ」と。そうあの史上最大のテロ、Septemer11の朝の出来事でした。デラウェアはNYCからかなり近い処にあったためか、親や友人が結構心配してくれましたが、近いとはいえそれはアメリカでのお話。そんな至近距離というワケではありません。さてみんなでラボのコンピュータでニュースの映像を見ていると、ビルが倒壊をはじめました。これには英国人の女の子のポスドクも悲壮な声をあげていました。家に帰るとすでにルームメイトは戻っていました。彼はムスリムなのですが、この出来事にものすごく憤っていました。

 それ以来そのWTC後は"グラウンドゼロ"と呼ばれるようになるのですが、この言葉はもともと原子爆弾の爆心地あるいは始まりの場所を示す言葉だそうです。言い換えれば最初に原爆が落とされた長崎や広島ですね。

世界貿易センター跡
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ちょうどクリスマス前だったのでリースが飾ってありました


 そういえばもうひとつの"グラウンドゼロ"も公開されましたね。最近ニュースで見ました。ニューメキシコのトリニティサイト。長崎型原子爆弾の実験場になった場所です。

 911から数日たってから、慰霊の為に大学内でキャンドルサービスが催されました。このサービスはそれ以来、全米で毎年911に行われているようです。

【2005/07/19 16:37】 | 思い出(東海岸編)
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 とうとうMM10が動かなくなったので、再インストールを試みることに。これでこの機体には何回再インストールをしたことやら。私はブータブルCDドライブを持っていないので、HDDにDOSとi386フォルダをコピーします。幸いこの機種はクレイドルを介してHDDに直接書き込むことができるのでこの作業は楽ですが、なぜか問題が。HDDに放り込んだDOSがうまく働かない?!とうとう壊れたかな...これではインストールにすら入れないです。まあ気長にいじってみます。

 さて昨日の続きみたいな感じになりますが、NYCでの出来事でも綴ります。ほかに行った処と言えば、ハドソン湾に係留されている空母Intrepidです。ここは今日のエントリのタイトルの様に海洋航空博物館という形で一般公開されています。私は昔から秋葉にあった交通博物館がすきだったことや上野の科学博物館とかも足繁く通ったことから、こういった展示物は大好きです。特にこの博物館は退役した空母がその舞台。非常に興味深かったです。

Intrepid Sea-Air Space Museum
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空母Intrepid正面から艦橋
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艦橋から甲板を見渡すナゼかコンコルド


 やはり空母っていうのは大きいんですね。全部見るのに結構な時間がかかりました。ところでコンコルドはどうも退役したばっかりのやつを持ってきたみたい。4年ほど前に学会でロンドンのヒースロー空港でまだ動いているのを見たので、なんだか感慨深いです。(しかもBA社のやつ)

印象深い光景
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硫黄島モニュメント硫黄島の戦い特攻地点


 なによりもこうった展示が日本ではなくアメリカにあるということに驚かされます。アメリカの子供たちは親に連れられてこういった昔にあった本当に大変だった時代の出来事を肌で感じることができるのですから。右の神風特攻隊激突地点というのも衝撃でした。なぜならば少なくとも(あくまで私の認識ですが)特攻隊の米軍に対する効果はなく、犬死にであったという知識を植え込まれています。しかしこのIntrepidの展示やDiscovery channelの内容などはその認識とは情報を異にします。まさにIntrepidは神風特攻隊の攻撃を受けて沈没しかけたとか。神風の是非をここでは問いませんが、その時代に起きた出来事や悲劇を正確に伝え、それを感じることのできるこの博物館は一見の価値があると思います。またなぜ日本ではこういった事実が教育の場で隠蔽され続けているのかを改めて考えさせられます。ちなみにこの場にいたアメリカ人の見学者の一人は"crazy...”とつぶやいていました。たぶん正直な感想だと思うし、でも私も日本人の一人として、当時の人たちが日本を守るために本当に必死であった結果であったということを理解してほしいと思いました。同じようなことを感じたのは、DCのアーリントン墓地近傍にある硫黄島記念碑を見たときのこと。社会科見学らしきアメリカ人の高校生一行が訪れていて、子供たちはその説明を一所懸命に読んでいました。このときも改めてアメリカの子供たちは考える機会に恵まれていると感じましたね。

湾岸戦争で有名に...
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パトリオット(愛国者の意)ミサイル何故か英国製のハリアー


 最後にナゼか目に付いた展示です。でもパトリオットミサイル(の発展型)は日本のミサイル防衛構想で配備されますね。

【2005/07/19 09:55】 | 思い出(東海岸編)
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 今日は二度寝してしまった。本当はまたYellowstoneにでも行って写真でも撮ろうかと思ったんだけど、気が付いたら午後の2時になっていた。まあ昨夜が昨夜だからねぇ。それにポスターの絵も作らなければならないし。その絵ですが、アプリケーションの使い方を殆ど忘れてしまって、作業が遅々としてすすまん。この絵は研究の背景を説明するために必要なのですが、ありていにいえばタンパク質の構造です。Protein Data Bankからデータをダウンロードして、いくつかあるフリーウェアで展開、パラメータの設定やアングルなどの決定をしてレンダリングするという流れなのですが、このレンダリング、さすがにノートPCだとキツイですね。フリーズしたみたい。やはりおかしくなったデスクトップを直さないとダメかな~。

 今日のお題ですが、東海岸に住んでいた頃はよくNYCにも行きました。幼なじみがNYCの北の町に住んでいたこともありますが、それ以上にラーメン屋や吉牛とか日本の書籍を購入するのが主な目的でした。もちろんMETやゲーゲンハイム近代美術館(この建物はWright氏の設計ですね)などにも行きましたが、それ以上の目的にブルワリの探索があります。さてNYCにはいろいろありそうですが、私がよく行ったブルワリはHeartland Breweryというところです。私とともに行動する友人は前から「なぜ私と行動するとその日の最後はブルワリに到着してしまうのだろう?しかもお互いに初めての場所なのに。」と不思議に思っていたみたいですが、それは事前にBeerme.comで行き先の近傍を調査しておくのですよ。

Heartland Brewery
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Union Square前からEntrance各種ビール


 今、BeerMeを覗いてみたら、すでにここでは生産していないみたいですね、残念。でもNYCでの喧噪のなかを移動して、その日の最後に休める場所でした。

【2005/07/18 12:55】 | ブルワリ
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 ああ、アタマが痛い。昨夜はというか今朝は帰ってきたのが遅かったからぁ。それに驚くほど寒かった。途中でWalMartによって何か食べるものを買ってきたけど、全部食べなかった。まあそれは今日の朝飯になります。おおっと、ビールのストックも無いので買いに行かなければ。でもまだねむい...

 前々エントリでState collegeの事にふれましたが、この街は年に1回今頃にBeer Festaを開催しています。私は残念ながら参加する機会に恵まれませんでしたが、前のラボの学生、Mikeが教えてくれた上にそこで売られていたTシャツまでくれました。


背中のロゴ


 私と友人がこのState Collegeを訪れたのは冬で雪がちらついており、ビールの季節というにはちょっと寒かったですね。でもちゃんとブルワリには寄っていきました。この街で見つけられたのはこのOtto's breweryだけでしたが、冬にBockは暖まりました。

Otto's Brewery
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ブルワリ前見苦しい部分があったのでトリムっ


 左の真ん中のビールがBockでワインみたいな味がします。またアルコール度数がビールにしては高いため、先ほど書いた様に暖まるというわけです。まさに冬仕様ですね。

【2005/07/18 00:29】 | ブルワリ
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Since my stupid computer did not recognize wireless signals from the router in the lab, I am writing this entry in English with the other computer in the lab. Although I am going to put a next entry in Japanese after going back home, it will be pretty late because my experients progess quite slowly. Anyway, now tons of summer school students are on campus and they occupy some instruments as well as working space, so sometimes there are some conflict. In my case, it cannot help me working some experiments on only Saturday or Sunday when they are usually absent. Thta's why I am working now!

By the way, as I mentioned before, I will attend the conference which will hold in Michigan. So, I am planning to drive to there from Montana and the estimated time to reach over there takes 22 hours. I know this distance is approximately over a half from Delaware to here! But I could take advantage of this trip, because I have a couple of options to stop by some national parks. Moreover, one of my friends is interested in coming together during this trip from Chicago. Though I haven't heard his difinitive answer, it would be nice.

Now I checked a preview of this entry...If I were a reader of this weblog, I wouldn't read much and absolutely close the window ASAP. So, I'm going to stop writing now.

May I have a chance to see aurola?

【2005/07/17 13:31】 | 研究
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 昨夜はなんだか風が強かったみたい。窓を開けっ放しにして寝てしまったので、部屋に紙とかが散乱していました。窓を開けていた理由は、先日、太陽表面に活発な活動が見られたということで昨夜から今夜にかけてオーロラを見ることができるかもしれないいということでしたので。まあ落ちていたのでことの真偽はわかりませんでしたが。

 アメリカの鍾乳洞といえば、ニューメキシコ州にあるCarlsbad cavernsが有名で、私の友人も何人か訪れたことがあるとのこと。個人的にそこには行ったことはないのですが、アメリカではいくつかの鍾乳洞に入ったことがあります。特にペンシルヴァニア州はその地層の成立から、鍾乳洞の宝庫だそうです。デラウェア州にすんでいたこともあり隣接するペンシルヴァニア州へのアクセスは比較的容易でした。私が行ったことのある鍾乳洞はIndian Echo cavernとPenn's cavernという場所で、前者は州都Harrisburgの近く、後者はPSUのあるState Collageの近傍に位置しております。

Indian Echo Caverns
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水の湧いている場所天井を見上げる


Penn's Caverns
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入口内部はボートで移動


 Indian Echoは友達が来るたびに行きましたので、5回は行ってますね。内部は夏でも涼しいのでちょっとした避暑地、冬は逆に暖かいのでこれまた快適です。Penn'sのほうはこの鍾乳洞の探訪とブルワリを探りにState Collageに行ったので、この1回だけです。でもボートでの移動というのはなかなかワクワクしましたので、また行ってみたいですね。

【2005/07/17 00:45】 | 思い出(東海岸編)
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 さっきからポスターを作っているのですが、心なしか気温がずんずん上がっているような気がする......暑いっ!しかもまだ午後6時なのでずいぶん明るい。(あと日没まで4時間くらい...)というワケで息抜きにまたブルワリのお話します。

 デラウェア州で一番大きい街はWilmingtonです。ここはかの世界的化学メーカーのデュポンをはじめ多くの企業がその本社を置いています。またIntelとAMDが裁判係争を申し入れたのもココの連邦地裁です。そんな街なのですが治安はあまり良くありませんので、訪れる機会のある方は気を付けましょう。アムトラックの駅もありグレイハウンド(長距離バス)の停留所もありますので、それなりの交通の要所ですし。

 その街のイメージを払拭しようという意図かどうかはわかりませんが、その町外れの方に再開発地区があります。マイナーリーグですがたしかBlueRocksという野球チームもあり、その開発地区にスタジアムがあります。そのスタジアムのそばにIronHillというブルワリがあります。このブルワリは川沿いにあり、夏はテラスでビールを楽しめるわけです。

IronHill Brewery
IronHill_Entrance
Riverside
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コウノトリとホップ川沿いの散歩道からfermentation tank


 デラウェアにいたころは日本からの友人やPhillyの友達が遊びに来るたびにこのブルワリに行きました。一番思い出深い場所です。すでに遙かに遠い場所になってしまいましたが。

そして思い出のビールたち
AmberとPorter
Pig PorterとAnvil Ale



【2005/07/16 11:48】 | ブルワリ
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 またノートパソコンが故障しました。たぶん内蔵電池でしょう。でもこれって設計そのものが悪いのでは!?機種はSharpのMM10というやつで日本ではMuramasa MM1という型番でした。ほんとーにこいつの取り柄は軽いというだけで、パフォーマンスも悪いし、こうしょっちゅう動かなくなるとはかなりストレスがきます。というわけで、今日は学会のポスターを作らなければならないので、自宅に戻ってデスクワークとあいなりました。しかも暑いから洗濯もやってしまおう。今朝、ベッドルームでハエと空中戦をくりひろげてヤツをシーツの上に墜落させたあげくに、殺虫剤を近接噴霧したためシーツに殺虫剤のにおいが付いてしまった。これは洗わないと眠れないでしょう。

 ところで一昨年のNew York州一帯の大停電のことは覚えていますでしょうか?Delaware州は幸いなにもなかったのですが、ちょうどそのときBaltimoreへNY Yankees vs.Baltimore Oriolesの試合を見に行ってたためそのことを知りませんでした。また当然の様にその後にビールを飲んでいたので、University Policeに職務質問をされたときにはちょっとビビりました。どうも停電とテロの可能性を懸念していたみたい。

 その直後に私はPittsburgh方面へドライブに出かけた記憶があります。日本でも著名な建築家Frank L. Wright氏が設計したFalling Water(落水荘)を見に行くためでした。細野不二彦氏の描く漫画「ギャラリーフェイク」でも取り上げられているこの落水荘ですが、実際にはPittsburgh近傍の山中にあり、夏でも冷涼な気候を保っている場所ということもあり避暑地として利用されていた様です。そういうこともあり、不便なところにありクルマ以外でのアクセスは難しいと思います。さらに見学には基本的に電話予約が必要ということで、私は電話していきましたが、実際は(入場に時間はかかりますが)大丈夫なようでした。(でも是非行きたいと言う方でしたら、事前に電話を入れておくことをおすすめいたします。)

Pittsburgh周辺にて
Fallingwater
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落水荘(Fallingwater)Red Star Brewery


 右の写真は昔の鉄道の駅を改装してブルワリとして使っているRed Star Breweryです。Greensburgという小さな大学町にあります。実際にこのレストランの裏手には今でも鉄道が走っています。ココはDelawareからMontanaに引っ越すおりに食事をするため立ち寄りました。

【2005/07/16 06:25】 | 思い出(東海岸編)
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 久しぶりに昔の写真を引っ張り出してきたので、東海岸時代のことでも書きます。たぶんいくつかは有用な情報があるかもしれませんよ~。

 まずは観光地として有名なNiagara Falls。Delaware州からクルマで9時間くらいでしょうか。実は私は2回行きました。そして2回ともカナダ側まで行きました。というのはあきらかにカナダ側の方が綺麗だからです。1回目はアメリカまで遊びに来てくれた友達を連れて、それはハードなスケジュールで。2回目では、通常の東洋人の3倍くらいの量(しつこいですね、ごめんなさい。もうしません。)のビールをHard Rock Cafeで飲み続け、ウェイトレスさんに心配されました。

 そんなわけで、もうそこにはいくことは無いとは思います。

Niagara Falls
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遠方よりカナダ滝を望むアメリカ滝上流からのカナダ滝


 さてカナダ側が良いという理由はもう一つあります。アメリカ滝にもあるのですが滝の裏めぐりツアーにおいて、カナダ側の方は滝壺近くの展望台まで降りていけます。そこからの眺めは豪快の一言に尽きます。

展望台より
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カナダ滝を見上げる漂う霧の乙女


 霧の乙女号はどちら側からでも乗船できますが、帰ってくる場所も同じ側です。基本的にどちらも同じようなルートを巡っているみたい。私は2回ともアメリカ側から乗船しました。

あまり一般の観光客が興味を示さないようなもの
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うち捨てられた発電所の取水口座礁した鉄の船


 昔の水力発電所ですが、現在は近くに新しいものが建てられており、そのため閉鎖された様です。鉄の船はかなり昔の出来事で、詳しくはギフトショップに売っていたCDで語られておりました。この座礁船に関連してですが、ナイアガラの滝から落ちたヒトやタルに入って挑戦するヒトが後をたたないとか。一応、違法だそうですが。

 さて先ほどの話に戻りますが、そのHard Rock Cafeでしこたま飲んだあげくに、ホテルのバーでさらにビールを飲もうとしていました。しかしすでに前後不覚になっていたことと、周りに日本人がいないことを良いことに、「ビールから○ロのにおいがする~ぅぅぅ」と言いながら飲んでいたことはナゼか鮮明に覚えているのでした。

【2005/07/15 14:16】 | 思い出(東海岸編)
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 今日からポスターの作製に取りかかりました。デカイポスターを作ったのはこれまで2回。New Orleansでのアメリカ化学会、山形での錯体討論会です。どちらもAdobeのIllastrator10を使っていたのですが、今回はPowerPointにしてみようかなと。ただ出力方法に出来具合が大きく依存するみたい。デラウェアにいたころは大学に大きなプリンタがありそこで印刷したので、Illastratorから直接出力できたのですが、今回はKinko(出力センターのチェーン店、日本ではなにに相当するのかな?)で印刷を依頼しなければならないようで、そこはpdf形式しか受け付けてくれないみたいです。以前、pdfで出力したときは結構粗い出来映えだったので、ちょっと不安なのですが。

 閑話休題。デラウェアにいたころのことです。しばしば、ビールを買いに酒屋に行くのですが、インド人の経営する酒屋(たいていの東海岸の酒屋はインド人経営ですが)で出身を尋ねられたので、「日本だ」と答えると大変驚かれました。彼らによれば私はネパール人に見えるそうです。しかし同じアジアの人たちに言わせれば、私は日本人に見えるそうですが。中国人や韓国人の友人に言わせれば、ひげをはやしたり長髪の東洋人は日本人なんだとか。たしかにそれに私は当てはまりますが、しかしネパール人とはナゼ?

 さて以前のエントリーでふれましたが、私は人種偏見が多少なりあると思います。それを明言しているにもかかわらず、ナゼかインド人に好かれています。アメリカでの友人は日本人や白人よりインド人の方が多いくらいです。インド人の友人の一人とともにカレーも作ったことがあります。(そのあと腹をこわしましたが...)また国際情勢や政治のこともたいていインド人と議論になります。また2人のインド人にクルマの運転を教えました。当然、彼らはそのこれまでの人生で運転なんぞはしたことはありません。その結果、彼らの運転中に何度となく危険な目に遭いましたし、そのたびに激怒した覚えがあります。そんな具合でデラウェアにいたころはインド人との濃いつきあいが続いておりました。私の偏見はそのインド人たちとの悪い印象なのかもしれませんけれども、彼らもまた自身にもそれを持っているのかもしれません。その証拠としてインド人はたいていインド人同士と、中国人はやはり中国人同士と連んでいますし、またインド人はイギリス人を嫌っているという場面にもしばしば出会いました。もちろん一般化するつもりはありませんが、そういった現実は確実に存在します。それでもこの世界はいろいろありますが存続してます。なんだか不思議ですね。

【2005/07/15 04:03】 | 思い出(東海岸編)
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 ラボが暑い、なんだか知らないが暑い。タンパク質のoverexpressionもあんまりうまくいっていない事がわかったので、ドッと疲れてきた。帰りに同じ階にいる日本人の方にちょっと聞きたいことがあったので立ち寄ったのですが、なぜか彼は電話中。しかも日本語とおぼしき言語で。ちなみに私の知る限りでは近くにいる日本人はだけです。

 もしかして......村八分?!(`Д´)ノウワァァァンン

 冗談はさておき、今日は暑いのでモンタナの州都Helenaにあるブルワリの写真をアップっ!

Lewis & Clark Brewpub
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こんな感じの道をひたすら走るするとナゼか目の前にブルワリ気持ちよさそうなテラス
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Amber AlePale AleStout


 詳細はココを見てください。きっとあなた方に有用な情報があるかもしれません。ところでLewisさんとClarkさんという方たちは西部開拓において有名なかただそうです。いまから200年前にミズーリ川をさかのぼり、現地人の助けを借りてモンタナなどの西部を探検しました。まあ今ココにヒトがいるのは彼らが祖というわけですね。そして今年がまさにその探検の200年目だということです。

【2005/07/14 07:01】 | ブルワリ
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 以前にも紹介しましたがモンタナにはたくさんの野生動物がいます。残念ながらGlacierではそんなにたくさんの動物に出会えることができませんでしたが、きっとトレイルをもっと歩けばその機会も増えることでしょう。

山羊の親子と謎の動物
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親ヤギとその子供さて何でしょう?


 昨夜、Yahoo Japanのトップを眺めていたらガンダム占いなるものが!早速やってみたら...ザクだって...。ところでガンダムといえばシャアですよね、ファーストの(SEEDじゃなくって)。そしてシャアといえば「3倍速い」!Yellowstone国立公園の注意書きの一つにバッファローについて言及されているのですが、その記述の中には興味深いものがっ!「バッファローはヒトよりも3倍速く走れる」。残念ながらその画像がないのですが、そのうちに見つけてきます。

【2005/07/13 23:02】 | 生活
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 今日というか昨日、ブログを読んでおりました。結構有名なブログで勝谷誠彦の××な日々。というやつです。まあ知らないヒトのために彼の概略を述べますと、自称カメラマンですが、エッセイを書いたりテレビに出演したりとなんだかよくわかりません。また昨年は緊張下のイラクに赴きフセインの潜んでいた穴に入って記念撮影、つい最近は韓国人と偽って韓国の竹島遊覧ツアーに参加したりとやりたい放題です。

 まあそんな彼のブログを最初に知って読んだ頃は、なかなかものをはっきりという方で小気味良いと思ったのでしたが、徐々に時間がたつにつれてなんだか「コノヒトノイッテイルコトハシリメツレツ?」と思うようになりました。まあ本人がエンターテイメントだと思っているのならばそれはそれで良いと思うし、それならばそうとコチラも思うのですが、時には彼の言動は世論を扇動している様にも感じられました。またほかのブロガー方の彼に対する批判も散見されることもあり、なんだかヘンだなと思うようになったのです。彼の言動を全否定するつもりはありませんが、さすがに今回はちょっと頭に来ました。

 彼は前のエントリーで報道の問題を焦点にしていたハズでしたのに、ナゼか最後はこの群馬大医学部を受験された女性の罵倒をしております。彼の父親が医者で

「医者ひとり作るのにどれだけの税金が必要だと思っているんだ」

という意見は、確かにそういった側面もあると私は思いますが、だからと言ってこのフセイン穴カメラマンがかの女性を称して馬鹿女と吐くことは我慢なりません。アナタにはそんなこという権利はないでしょう。

 私はやはり母が歳ということもあり、老人の向上心には大いに賛成しますし、またそういった社会側の受け入れ体制も大切だと思います。それに多くのブログではこの女性の医者になったあとの減価償却云々にふれていますが、なにも医者は医療に携わるだけがその道ではありません。研究に注力した道もあるし、現に一線で働く高齢の研究者もおられるわけです。だいたいこの男の医療しいては学問に対する認識もどうかと思うし、フセインの穴に入って西ナイル熱にでもかかったか?

【2005/07/13 09:07】 | 時事の話題
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 今月の終わりにミシガンへ学会に行くので、そろそろポスターを作り始めなければなぁ~、と今日もJohnと議論して思っておりました。

 さて先日のエントリーであえてredneckという、ある意味蔑視的表現を使ってしまいました。もしこれを御覧になり不快に感じられた方がおりましたらごめんなさい。この単語ですが辞書を紐解くと

(米話)(軽蔑的)(米南部で)無学な白人の農園労働者
小学館プログレッシブ英和辞典 初版12刷より

となっております。私の差別に対するスタンスですが、渡米前と後では大きく変わったような気がします。まず日本にいるときは、(大勢の日本人がそうであるように)盲目的に差別はいけないことだと思っておりました。これは日本という国が日本人である限りにおいて差別を実際に感じることのない、あるいは差別による苦痛が現実的でない環境にあることに起因しているためでしょうか。しかしながら、渡米後には大きくその観念は変わりました。少なくともヒトのココロには他民族に対する何らかの形として、差別という概念が存在すると思います。これは私のココロもそれにとらわれていると思うし、アメリカに来てからはその差別という概念に現実を感じる様になりました。
 では今回のエントリーでなぜそんな話題にふれたのでしょうか?それは先日のブルワリの前で起きた他愛のないやりとりによるところが大きいです。ブルワリを出たときにまず、カンジの悪いアメリカ人が私の車のボンネットに座ってビールを飲みながら仲間と談笑しておりました。それは見た目は悪いですが、私はそれに対してあんまり何とも思いませんでしたが、彼らは仲間との談笑で「Why here are Chiese people?」と言っていました。それがカチンときたのですね、私は。そこで「Hey guys, I like to make correction of you. I am not a Chinese, I'm a Japanese」と言い、その場を後にしました。これは自分が中国をあまり好きではないとかではなくて、日本人である誇りからの発言であったと思います。それ故に上記の単語を用いて彼らを表現したエントリーをアップしました。もう一つですが、クルマを運転している時に前のクルマのナンバープレートに「Pearl Harbor Survivor」と書いてあったものを見つけた事も要素の一つになります。
 これらの事象は自他共におそらくは差別という概念からの顕れだったのかもしれません。そして改めて自分の中には差別概念があると感じます。これはおそらく真実だと思うし、話し合いだけでは解決しないことでしょう。これは消し去ることは不可能だと思いますが、それをそれと認識した上で、他民族とのつきあいをしていくことが重要だと思います。ただ否定するのもダメだと思うし、イヤだから他民族との話し合いを絶ってしまうのもダメでしょう。特に現在の日本は前者の主張が大勢を占めていると感じることがあります。
 昔、Phillyである日本人の方とそういった議論をしたことがありますが、彼の主張は端的に言えば「話し合いさえすれば何でも解決する」といったものでした。これはそういった差別意識などの問題を棚上げにしていこうという姿勢が見え隠れしていて、私はイヤでした。そして米国には実際に、そして未だに差別は存在します。これは不可避の事実です。これを改めて考えていかなければならないのが、海外在住ではないでしょうか。

 ところでそのブルワリを去るときに、クルマをバックさせたところ、ちょうど私のクルマの後ろに彼らのバイクが駐車してあり、危うくぶつかりそうになりました。期せずして威嚇になってしまったことが、ちょっとアレでしたが...

【2005/07/13 04:00】 | 考えること
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 昨日、彼女さんを空港へ見送ったときのこと。列に並んでいると前のアメリカ人のIDがチラッっと見えたのですが、それにはずいぶんと見覚えのあるもの。ああっ、あれはデラウェア州の運転免許だっ!と、ついうれしくなり、そのおじさんにデラウェア出身ですか?と尋ねたら、そうだとのこと。しかも私がかつて住んでいた街から来たそうです。彼は家族で来ていて、モンタナで休暇を取っていたみたい。そーいうのも、いいなーと思う年頃になりました。

 ところで先日、クルマをWest Yellowstone方向へ走らせていると、道の脇にある斜面にクマが歩いているのを発見!いそいでクルマを止めて戻ったのですが、見失ってしまいました...(もちろん乗ったまま、危険だから)写真に撮れなかったことがとても悔しかったので、一路West Yellowstoneにあるクマ牧場へ。正確にはクマ牧場ではなくてGlizzly & Wolf Discovery Centerといいますが。

クマ、クマ、くまっ
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オオカミ
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 まあ、動物園と言ってしまえば身も蓋もありませんが...

【2005/07/12 23:32】 | 国立公園めぐり
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 グレイシアには古いホテルがいくつかあります。創業が1910年代ということで、建物にも歴史的価値があるそうです。今回はカナダ側に行くことができなかったため、もっとも印象的なPrince of Walesは見ることができませんでしたが、いくつかのホテルを見ることができました。ところで公園内で泊まりたいという方は本当に早めに予約をすることをおすすめします。特に今回、泊まりたかったMany Glacierはもうすでに8月までいっぱいとのことでした。まあ私もぎりぎりになって探すのがいけないのですが、それでもIzaak WaltonとGlacier Park lodgeの予約はできましたので、希望は持ちましょう。

Accommodation in Glacier
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Glacier_park.jpg
Izaak Walton HotelGlacier Park Lodge


 Izaakの方はこぢんまりとしたホテルですが、とても落ち着いた良い処でした。かつてはNorthern Pacific鉄道の所有していたもので、Glacier国立公園の南入り口の要所となるはずでしたが、不景気で計画が頓挫したため、ほかのホテルとは妙に離れた位置にあります。しかしながらホテル側がシャトルサービスを用意しており、アムトラックの駅からのアクセスは便利なようです。またホテル主催の公園のツアーもあり、静かな場所で長期滞在したい方にはもってこいの場所ではないかと思います。私はホテルに併設されているレストランの食事がおいしかったことが印象的でした。Park Lodgeの方は結構、規模の大きいホテルでMany Glacierと同じ経営者によるホテルです。創業も1917年あたりで、Many Glacierよりも古いとか。私が滞在したときはネイティブの方の談話会みたいものが催されておりました。こちらのホテルはIzaakとは対照的にゴルフやらプールが併設されており方向性が異なりますね。ここに併設されていたバーではしこたま飲みました。ちなみにPark Lodgeにたどり着いたときに、「本当に自分みたいなのがこんなところに泊まって良いのだろうか?」と思ってしまった...

Many Glacier Hotel
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Many Glacierロビー


 ちょっと心残りだったのはMany Glacier Hotelですね。部屋から湖への景色はきれいだと思います。ということで写真だけでもとりました。ところでこのホテルの地下には日本では見なくなって久しいものが...

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ハエとり紙?



【2005/07/12 08:52】 | 国立公園めぐり
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 昨日、ブルワリに行って飲んでいたらred neckとおぼしきアメリカ人が大量に入ってきました。そしてオーダーするビールはほぼ全員バドワイザー。そんなもの注文するならなにも別にここじゃなくていいんじゃない?だいたいバドならガスステーションでも買える。そして、その奥ではブラウマイスターが一所懸命になってビールの出来具合をテイスティングしています。なんだか彼が不憫だ...

 さてGlacier国立公園滞在2日目はMany Glacierというvillageに行きました。ここはGoing to The Sun(公園を横断する主要道路)沿いにはなく、一度公園を出てからSt. Maryの北にあるBabbという町から通じている道を通り園内に入り直さなければ行けません。

Many Glacier
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Swiftcurrent湖よりMany Glacier Hotelより望む

 ここはSwiftcurrent LakeとLake Josephineという2つの湖が並んでいます。それらの湖を一周するボートがホテル脇から出ており、それに乗り込みました。ちなみにこのボートはSt.Maryのそれよりショボイので人数に制限があります。そのため前日に予約をしたほうが良いのですが、当然私は知りませんでしたので、その船着き場のほったて小屋のやつに尋ねてみたところ、制限人数に予約した人たちが満たない場合は乗せてくれるということでした。そこでそいつにwill list(先着順のリストのようなもの)にのせてもらい、一度お昼ご飯に行くことにしました。

 お昼ですが、地球の迷い方によるとMany Glacierにあるもう一つのロッジ、Swiftcurrent Motor Innに隣接するItalianが人気ということで、普段の私ならばそういった場所にまず行かないのですが、なぜか誘惑に負けました。(ってゆーか、選択肢が無かったというのが本当です)そのItalianに入るやいなや、妙に元気な、もとい暑苦しい店員が席にエスコート。でも彼はフレンドリーでしたし味も良かったです。すなわち地球の迷い方が珍しく正しい

Swiftcurrent Italian Garden
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Italian外観店内


 時間になりボート乗り場に行くと、運良く乗ることができました。こちらもレンジャーの方が乗り合わせており、いろいろとGlacierの説明をしていただきました。このボートツアーはSwiftcurrentの対岸に着いたあとに隣のLake Josephineのボートに乗り換えて、その湖の対岸まで行きます。

Lake Josephineより
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湖上よりGlacierを望む


 Lake Josephineの対岸に着くと、レンジャーの方と希望者はそのままtrailに行ってしまいましたが、私はHidden lake trailで身の程を知ったので、そちらには参加しませんでした。しかし体力のある方は是非、Grinnell氷河へのtrailを歩くことをおすすめいたします。伝え聞くところによるとそれは美しいそうです。私も次回は歩きたいですしね。

Lake Josephine
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Lake Josephineからの展望


 復路のボートにはどうやら日本人らしき方が乗り込んできました。trailを堪能してきた模様です。私は彼とは話しませんでしたが、彼は私の後ろで年輩の女性の方とおしゃべりをしておりました。そこでちょっと聞き捨てならないことを言っておりましたね。その日本人とおぼしき方はにゅーよーかーでNYCで働いているらしく、休暇でここGlacierに訪れたみたいでした。

(年輩の女性)「ここは気に入った?」
(日本人)「ええ、とっても。」
(年輩の女性)「だったらモンタナへ移ってきたらいかが?」
(日本人)「ハハハ、でもここで僕は何をして働くんだい?」
(私)「(悪かったな。オレサマはここで働いているぞ。)」



【2005/07/11 03:01】 | 国立公園めぐり
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