米国けんきゅうにっき 2006年01月
学位取得後、研究者として米国へ。このさきどのようなことが待ち受けているのでしょうか?
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 サブタイトルちょっと変える。語呂が「いかにしてアメリカに来たか」だとちょっと間抜け。それに長すぎる。で、「私的米国物語」。もう自分のブログだからやりたいほーだいd(゜▽+゜)

 さてこちらは日が落ちた後から雪が降り始めた。しかし不思議と寒さに耐性ができてきたのか、あんまり寒くない。(実際、氷点下1~2℃くらいだろう。)クルマの置いてある場所まで歩きながら夜空に舞う雪を眺める。なんだか風に舞う雪の中で夜空を見つめると、ちょっと方向感覚を失うような眩暈。
 さ~て今日の夕飯はなににしようかな♪~( ̄。 ̄)
 無事、Janisたちにつれられて、これからしばらく住むことになるデラウェア州、ニューアークに向かうことになった。フィラデルフィア国際空港からインターステート95を南に向かい、バイパスの495に入る直前でデラウェア州に入る。実際、空港から(デラウェア州の)ニューアークはそんなに複雑な道のりではないのだが、当時の私はどこを走っているのかまったくわからなかったし、なによりも、進行方向が全く日本と逆の道にはいささか恐怖すら覚えたのであった。

 それでも日暮れ過ぎにはニューアーク郊外にあるJanisたちの家に辿り着く。以下、Janisの奥さんとの会話。

奥さん 「(日本語で)疲れたでしょう?」
ワタシ 「いや~、英語がさっぱりわかりませ~ん( ̄_ ̄|||) 」
奥さん 「でもJanisはゆっくりしゃべってくれるから......」
ワタシ 「それはわかるんですが、それでも......うぅぅぅ(TдT)」
奥さん 「......まあ時間がなんとかしてくれますよっ!」
ワタシ 「<(T◇T)>うぉぉぉぉぉ!!!」

 さてその後、Janisと会話。

Janis    "How was your trip?"
cooyou  "\(;゚∇゚)/ヒヤアセモン☆"
Janis    "I know most of Japanses can't speak well, so don't worry."
cooyou  "ヽ(T-T )ノ ヽ( T-T)ノ"
Janis    "You might as well watch TV."
cooyou  "=三ヾ(ヾ(ヾ(ヾ(ヾ(ヾ(*T□T)ツ"

ってな具合。全く会話になっていないのだった。

 そのあと彼はワタシの為に部屋にテレビを持ってきてくれた。でも天気予報ですら何を、それどころか何処の情報を表示しているのかすらワカラン!そんな自分に自己嫌悪を感じつつ、枕を涙で濡らす夜の始まりなのであった。
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【2006/01/31 15:21】 | 私的米国物語
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とうとう出ちゃったね
ゆう
うわさは本当だったよ。
http://himitsu.ath.cx/4


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 2006_0129_150831.jpg
 昨夜はなんだか眠りが浅かった。休日でもいつも通りの時間に鳴る目覚ましのおかげで、ベッドの中での微睡みはちょっと不快。そんなわけでベッドからのそのそと出てくるのである。
 実はもうすぐ夕方なのにまだ一食も摂っていない。ワタシの体は日曜みたいに何もしない日だと、エネルギーを要求しないらしい。代わりに日の高いウチからビールを飲んでこのエントリを書いている。至福の時間だけど、すこし寂しげな自分も同居しているかな。
 さっき、今飲んでいるビールを買ってきたのだが、あらためてこの街の美しさに見とれる。ちょっと曇り気味の空だけど、時折雲間から差し込んでくる冬の太陽。この異国で使って良い表現なのかわからないけど、小春日和の今日はちょっと日本を思い出す。

 2001年7月下旬、東海岸時間で午後5持過ぎ、ワタシはフィラデルフィア国際空港にたどり着いた。Janisとの約束では彼らが迎えに来てくれることになっていた。ただデトロイトで電話することができなかったため、到着時間などの現状を伝えられなかったことに一抹の不安を覚えていた。たしかに便名を伝えてあったので、ネットで検索すれば到着時刻なんかもわかるはずであるが、そこまでをまだ見知らぬ彼らに期待するのは酷というものだ。

 バッゲジクレイムで荷物を見つけしばらく待つ。ヒトは徐々にまばらになり、最後にはワタシだけになった。さすがに心配になってきたのだが、ワタシの拙い英語ではどうすることもできずに佇む。

嗚呼、もしJanisが来なかったら、オレはどーなるんだ?
まず当座の宿を探さなければ

 そんなことを思い、まずは電話機のそばに歩いていくと......

"Hey, Cooyou?"
"Nice to meet you, I'm Janis."

と、声をかけてくるアジア系の人物が!

"Sorry, we are a bit of late. Did'nt you worry?"

 そんな風にいろいろと話しかけくれるのだったが、当時のワタシは殆ど理解できなかったのであった。代わりに彼の奥さん(日本人)が訳してくれたのである。

 まあ最初からホントーにまったくといって良いほど理解できなかった英会話。当然ながら、かなり落ち込んだ。しかも翌日はボスとの面会が待っていたのだが、ワタシはあまりの英語のダメダメさにあきれられて、強制送還させられるのではないかとビクビクしていたのである。

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【2006/01/30 07:45】 | 私的米国物語
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 久しぶりのエントリー。ちょっと今週は疲れ気味だったのだ~。ちょっと専門的な話になるのだが、今週は円二色性分光光度計(Circular Dichroism)とゆー装置をいじっていた。端的に言うと、この世の中の化合物には左巻きのものと右巻きのものがあるのだ。(これを鏡像体という)こういったものにある特殊な光(これまた専門的になるが、光は"振動”という個性を持っており、在る一定方向にしか振動していない光、偏光というものがある。ふつうの光はすべての方向に振動をもつものの混ざりモノ。)を透過させるとどちらかの方向に振動している面が旋回してしまう。この旋回する角度を測定するのがこの装置なのだ。
 大学の授業では習ったし、デラウェアにいたころのウィスコンシンの共同研究者と測定はしたことはあるのだが、自分で使うのははじめて。なかなか疲れたのであった。
 ところでこの装置、日本製である。研究をして居られる方ならばなじみのある名前であろうが、日本分光とゆー会社。たしか拝島かどこかに本社があったよーな。(むかし学生の時になにかの測定で訪れたことがある。)こんな遠くはなれば土地にも納品しているなんて、なかなかやるな~。
 成田を飛び立ち、まず最初に辿り着いたのが、ミシガンのDetroit。ここはノースウエストのハブ空港なので、たいていノースウエストを海外から乗り継いでくるとここに着く。まずアメリカでは国外から来た場合、最初に降り立った空港で入国審査が行われる。当時のワタシといえば、かなりヤバイ英語しかしゃべれなかったし、ヒアリングもまったくダメであった。もちろん書類は完璧であったが、入国審査での待ち時間はかなり緊張していた。それこそ英語がままならないから不審人物と思われ、別室にご案内されるのではないかしらと、戦々恐々としていたのである。
 たしか審査官との会話は、

審査官 「なにしにきた?(What are you going?)」
ワタシ 「研究だ。(I'm going to research)」
審査官 「専門は何だ?(What is your major?)」
ワタシ 「化学だ。(Chemistry)」

......みたいなカンジだった。

 かなりぶっきらぼうな会話をお互いにしたあと、入国審査は無事通過。次のPhiladelphia行きの便までの2時間を潰すことに。ここでワタシを空港に迎えに来てくれるマレーシア人のJanisに電話する手はずになっていたのだが、まず手持ちのコイン(当時はどんなコインが流通しているのかもわからなかった)で電話をかけようとするも、コインがでかすぎて入らない。(持っていたのは25セントではなくて1ドルだったのである。)で、テレホンカードを購入するも使い方が全然わからなかったので、けっきょく、搭乗時間まで電話機の前で悪戦苦闘していたあげくに、電話できなかったし......_| ̄|○ ガクッ

 ......まああれだ、この話を聞けばどれほど当時のワタシが無知であったかわかるハズである。テレホンカードも日本の様に電話機の差込口に入れて使うものとゆー先入観があったのだが、こちらでは購入したカード自体には説明書と暗証番号の記載以上の機能はないわけで、指定のダイアルフリー番号(裏面に書いてある)に電話して向こうから聞こえてくるアナウンスに従って電話する。まずはだいたい、英語かスペイン語かを聞かれる。その後にカードに記載されている暗証番号を入力(これは銀色の塗装みたいなヤツ、むかしマクドナルドとかにあったスクラッチカードの銀色の部分の下に印刷されている)、その後に国際通話の011と国番号、日本ならば81、そして冒頭の0を省いたかつ市内局番を含む番号(東京ならば03の0を省いた番号すなわち03-3abc-xxxxならば33abc-xxxx)を入力する。そーすると向こうから通話可能時間と残高数を通知され、通話がなされるのだ。

 当時のワタシはそれに至らず(この操作はカードの裏にたいてい書いてある。)、何度も最初に英語かスペイン語かの選択でつまずいていたものだ。そんなカンジで結局は連絡もできずにPhilly行きの飛行機に乗ることになるのであった。

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【2006/01/28 13:53】 | 私的米国物語
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インスペクション
cooyou
そうですね~、ワタシもかなり緊張してしまい、かなり具合が悪くなってきていました。でも思った以上にあっさりで拍子抜け。まさに蒼流さんと同じ感想です。ただワタシは911の前に入国だったので、そのへんも関係あるのかな?

審査の前に・・
蒼流
蒼流も入国審査で一人ドキドキしてました。
ものの5分で終わってしまい・・ホェ~となりましたw
聞かれたのは、蒼流の名前とスポンサーの名前と
何しに来たのか・・だけでした。
着いた空港によっても違うのかしら・・・?



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 昨日、アジアングロッサリーで里芋を手に入れた。ふとその店の流し台を見ると......ゴボウとおぼしき物体が。はたしてその正体はゴボウだったヽ(゚▽゚*)ノシ わぁい♪今日の夕飯は豚汁だ~。


 ちょっと今日はあんまり上品な(いつも上品だろーか......)お話ではないのだが金銭のコトに触れたいと思う。(巷で話題になっているLDショックのことではないのであしからず。)

gift.jpg まずワタシは海外で暮らすとゆーことをなめていた。とゆーか、無知過ぎた。ワタシの米国のイメージは毎日の様に銃撃戦が行われている非常に活動的な(?)国で自分の身は自分で守らなければならないとか。現金を持ってうろついている外国人なんて格好の餌食。あっとゆーまに身ぐるみ剥がされてしまうとか。まっ、そんな前時代的な印象を持っていた。そんなこともあり、現金はたったの500ドル(!?)のトラベラーズチェックとあとは日本円で1万円。給与が出るまでの生活はクレジットカードでなんとかしようと思っていたわけなのだが、なんとクレジットカードがナゼかサスペンドされていたのだった。出国前に気がついて良かったけど、改めて当時の自分の脇の甘さを痛感したよ。
 米国、デラウェア州での当初の受け入れ先であるが、University of Delaware(UD)のボスの学生さんが迎えに来てくれるとゆー手はずになっていた。一応、Philadelphiaの国際空港からUDのある街までシャトルサービスがあったのだが、その彼の厚意に甘えることにした。(今にして思えば、それで良かったと思う。ついた当時は全くワタシの英語が通じなかったのだよ_| ̄|○ )彼はJanisといってやはり遠くマレーシアから来ていた留学生であった。しかも彼は日本人と結婚していたので、彼とともに彼の奥さんには大変感謝している。

 出発の朝は予定通り、あわただしかった(^ ^;Δ
 新宿までは母が見送ってくれた。タクシーで行ったのだが、ちょうど成田エクスプレスの時間が迫っていたので、運転手さんが近道をするとかいって、世田谷一家惨殺事件の現場の前を通る。そう、当時はかなり話題になっていた出来事だ。当時はまだ警官がその周辺を警備していたな。
 新宿に着いたとき、ちょっと時間(30分ほど)あったので、携帯の解約(まだしてなかったのかよ)をしようとauショップに立ち寄るも前の客がごねていて、結局断念。これは後に母に託すことにする。さて実際、この次はいつ会えるのか全く不透明の旅立ちである。彼女自身、さぞかしいろいろあったと思う。(ワタシは一人っ子だし、彼女自身も若くないからね。)でも、新宿駅の改札でお別れをいったその姿は気丈だなと思った。
 実は後輩の女の子が見送りに来てくれるとゆーことになっていたのだが、私自身、出発時間ぎりぎりにホームに滑り込んできたので、先にホームにいた彼女の方が焦っていた。でもそんなことを言ってくれた後輩は彼女一人だったので嬉しかったのだが、なんだかあわただしいお別れになってしまったよ(-"-;A ...そんなんでも彼女は餞別に十得ナイフ(?)をくれたのであった。

 成田EXに揺られながら考えていた。この先のこと。まず向こうでの生活の立ち上げ、いやコミュニケーションやら研究かな?それにたぶん米国に行ったら、まずなかなか戻ってこれないだろうし、この年(当時20代最後の年代だった)で日本を離れるとゆーことは、日本でのポジションは無いのかもしれないとゆー予感。研究は好きだけど、周りに認められているとゆーカンジではなかったし。先生方や先輩はどう思っていたのか知る由もないが、後輩や同級はなんとなくそんなカンジだった。あくまで(たぶん)研究に関してね。だからこの渡米は研究生活に関して正念場だという予感はあったワケだ。

 大分を発つ直前にJTBに言われたのは、航空券は向こうの手違いで郵送できないということ。従って当日、空港で受け取ってくれとゆーものだったのだが、ワタシはちょっとコレが不安だった。まあでもフロントに行くとちゃんと発券されていた。大分JTBGJ!!便はノースウエスト12、デトロイト行きの午後4時(日本時間)発であった。さすがのワタシもかなりの余裕を持って来たので、待ち時間がかなりあった。(ワタシは飛行機もギリギリに乗るタイプだったので、よく大分とか伊丹、羽田、名古屋などでターミナルを走ったものだ......)そこで日本で最後の晩餐。大好きなカツ丼を食べることにしたのである。(このさきまともなカツ丼はお目にかかれていない( ̄へ ̄|||))

 さて午後4時、機内。なんだか30分ほど滑走路で待たされたが、ついに離陸だ。(*;д;)ノ~~さよぉなりら~、ニッポン、いつか必ず帰ってくるからな~、と強気に思うも、ちょっと涙ぐんだ自分がいた。

【2006/01/23 01:54】 | 私的米国物語
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確かに......
cooyou
たしかにお値段はどこもかわいくないですよね~(^ ^;Δそれに日本人がやっていても必ずしもおいしいということもないしねぇ。

もしイイ処が見つかりましたら教えてください~d(-_☆)


蒼流
確かに、こちらは日本人の方が経営している日本食レストランも
少なくはないと思うんですけど・・・
なんせ、お値段が可愛くないので・・(T▽T)アハハ・・

どこか美味しい日本食レストランがあるか調べてみようかなw

西海岸の日本食
cooyou
実はこちらに来てはじめて入った日本食レストランは共同研究で訪れたPalo Altoのダウンタウンにある店でした。だから初体験は西海岸側なのです。ずいぶん昔のキオクだけど、たしかにおみそ汁とかは東海岸の平均的な日本食レストランと較べておいしかったな~。だからSeattleも期待大~。


蒼流
かつ丼・・美味しいかつ丼が食べたい・・ww

まともな!?日本食にありつきたいと日々思っている
蒼流です。ただこちらはまた日本食材が揃ってるので
また良いほうなのかもしれません・・・。
でも・・日本の魚が恋しすぎます・・・

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 最近は朝ご飯をなにか食べることにした。やはり朝食は人間の活動には必須らしい。しか~し、ワタシの先輩(女性!)の様に起きたてのホヤホヤでカツ丼を喰らうことのできるような強靱な胃をワタシは持ち合わせていないので、ナニを食べるのかというのが問題となる。では、さて今朝はナニを食べたでしょう?答えは......ケーキだ。しかも先日、衝動買いしたバテレンタインデーバリバリデコレーションのヤツ。嗚呼、オレは朝からナニを喰っているんだ......_| ̄|○ ガクッ


 宮崎に無事にかつ出航時間前になんとか辿り着くも、ちょっと時間ができたので、18時間ほどの船旅を楽しむためにまず缶ビールを大量に買い込む。そしてマンガ雑誌となにかの小説だ。それと食料は行きの船旅でのレストランの威力に参ったので、どこかでホカ弁を調達しての上京となったのである。ああ、ついにお別れね、九州よ~(* ̄▽ ̄)ノ~~ マタネー♪

 ところでフェリーに乗り込む時にちょっと問題発生。荷物をそれこそ詰めるだけ詰めてきたので、フェリーのタラップに危うく登れない状況に陥った。フェリーにクルマを入れたことのある人はわかると思うのだが、のろのろと列をなしてタラップを登っていくのである。しかしワタシのクルマ、重量に対して、低回転でのトルクが充分でなかった為、半クラッチで徐々に登ろうとしても、エンストしてしまうのである。まあこれはクルマの性能限界なのであるが......

 さてまた生まれ故郷の地を踏むことになったワケで嬉しかったのだが、ウレシすぎて買ったビールを船旅半ばで全部飲んでしまい(さすがに無茶な量は買わなかったのだが......)、手持ちぶさたになったので船内の自販機でまたビールを買って飲み続けたのであった。ああ~なんてシアワセ~ヾ(●⌒∇⌒●)ノ、と思いつつ......

 川崎埠頭についてからは久しぶりの都内の運転。なんだかココロはウキウキである。たったの1年だったのだが、道を間違えることもなく実家に帰ってきたのであった。まず家に辿り着いてから、荷物を全部クルマから出す作業。でもうっかりトランクに入っていたお米を出すのを忘れていて、後日、見事にお酒になっていたヨ......

 実家に戻ってからの3週間あまりは、あまりに忙しかった。ナニがかといえば、連日の飲み会だ。高校の同級、大学の同級、元の研究室での飲み会を2セット、幼なじみとの終夜カラオケなどなど。あと大学の図書館で前の大ボスと先輩(カツ丼を朝一番に摂ることが可能、かつ牛丼を高速に喰らうことも可能)とたまたま出会うとゆーのもナニカの暗示か!?

 そんなカンジで日本での最後の思い出(未だに最後にならないことを祈っていますよ、モチロン!)を作りながら、出発の朝が刻々と近づいていくのであった。

【2006/01/21 13:24】 | 私的米国物語
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はし~
cooyou
蒼流さんっ!アナタ、純日本人!ワタシはなんだかお箸を使うのが下手で......_| ̄|○ ガクッ

でもカツ丼はもちろんお箸です!

箸・・されど箸ww
蒼流
こちらの日本食レストランでまだ美味しいかつ丼に
ありつけてません・・il||li(つω-`。)il||li

アメリカ独特のあの巨大さと硬さのステーキ肉を
寝ぼけ眼で食すのは、確かにキツイですね・・w
しかも、蒼流はどこのレストランに行っても
まずは箸があるかどうか確認するのでした・・・(笑)
未だにナイフ&フォークに慣れないのでした・・・

嗚呼、愛しのカツ丼よ
cooyou
蒼流さま、こんばんは。この春に行く予定のSeattle。すばらしいカツ丼に出会えると信じてますっ!

ところで朝ステーキはやはり(カツ丼に較べて)あの巨大な肉の塊をまずかみつき食いちぎるとゆー行為が朝にやることでななさそう。(ああっ、でもナイフとフォークを使うよね~)それとも火のとおり方の違いでしょうか?


蒼流
蒼流も朝からバリバリ勝つ丼食えます・・w
しかし、ステーキは無理・・この差はなんなんでしょうね・・( *´艸`)

そういえば、蒼流がアメリカに来る前の2週間は
連日連夜の呑み会で出発当日はヘトヘトでした・・。


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 ベッドルームの窓から月が見える。でかっ


mini04.jpg 左の写真はワタシが10年間、乗っていたクルマである。ご存じの方も居られると思うがRover Miniである。コイツで北は宗谷岬、西は宮崎まで日本列島を駆け抜けた。ワタシが現在、持つ相棒の唯一の写真である。さて東京から(赴任の為)大分に行った時は川崎の埠頭から宮崎行きのフェリーに乗ってやってきたのだが、東京に戻るときはクルマで帰ろうと画策していたわけである。(実際、大分、福岡、それぞれ一回ずつ、東京から往復したことがある。)

 しかし、である。引っ越しの為にゴミを捨てに清掃工場に行ったり、転出届けを出したりと、大分市内外をかけずり回るウチに、クルマに負担が来たらしく、ビッグアイの近くのコンビニで白煙をあげながら、とまってしまった。まあいわゆるオーバーヒートである。ラジエータの蓋を開けると勢いよくぴゅ~っと沸騰した冷却水が飛び出してきたのである。(みなさんは真似しないよーにね、アブナイから(;^_^A)

ーまったくぴゅ~じゃねーよな~

と独り言を言いながら、コンビニで水を買ってラジエータに足すのだった。それでもどこかのホースに亀裂があるらしく、水をまき散らしながら走行したのであった。

 なんとか行きつけのショップに行ってなおしてもらったのだが、これで東京まで走行できるかとゆー無理難題に、店長は唸るばかり。さすがのワタシもあきらめて、JTB大分にパスポートをピックアップするついでに宮崎ー川崎間のフェリーを手配してもらったのであった。

(続く)

【2006/01/19 14:24】 | 私的米国物語
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 さてちょっと体調が悪かったので、更新が滞ってしまった。ゴメンナサイ。ここらでなにか新しい企画モノでもと考えてみた。題して、「いかにしてアメリカに来たのか」である。ずいぶん直球なタイトルだが、ワタシの体験談やそのときの心の叫びが今後、留学するあるいはしたい人たちのナニかの糧になればと思い、書くことにした。まあ大きなお世話かもしれないが、耳を傾けてみてください。



 時は遡ること、2001年の初夏。ワタシはUniversity of DelawareのDepartment of Chemistry and Biochemistryの或る教授からポスドクのオファをいただいた。その当時はワタシは大分に居たので、ビザの申請や航空券の手配はすべて当地で行った。そう、JR大分駅前にあるJTBにすべて託したのである。

 当時、J1ビザ(交換留学・研究者用ビザ)の申請には受け入れ先の大学からのIAP-66というピンクのフォームを受け取らなければならないのであった。またビザの申請から発行までの期間が読めないことが多く(たいてい、当時のJ1ビザで3週間。当時は面接はナシ。)、出国日までのスケジュールをタイトにすると、ビザが間に合わないとゆー事態に陥るのである。

 ワタシの場合はまさに、そんなタイトなスケジュールだった。なぜかとゆーと、大分での職を退職すると同時に収入が無くなるワケであるから、できるだけ早く渡米し、収入を得たかったためである。当時、ワタシは博士号を取得し大分に移ってからまだ1年もたっておらず、当然、潤沢な資金源もなかったのだった。

 しかしながら、ビザは意外と早く発行されてきた。そう大分を発つ前日にJTBに戻ってきたのだった。ナゼ、JTBか?今は知らないが、JTBは航空券を購入する場合に限り、ビザの代行申請をしてくれる。それを利用したのだが、ただ場所は大分。JTBの職員もよくわからないといったところが本音だったよーだ。(聞くところによれば、J1の申請をしたのが15年前以来なかったとか......)まあそんなわけで、不安だらけだったわけであるが、なんとかパスポートを受け取り、東京に戻る為クルマを走らせるつもりだった......

(続く)

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【2006/01/18 16:45】 | 私的米国物語
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ありがとうございます~(ノ_・。)
cooyou
Heidiさま、ありがとうございます。体調は良くなっているみたい~かな?そちらも火山の噴火とか大丈夫ですか?気をつけてくださいね。

モンタナも一戸建てに家だと薪暖炉がありますが、ワタシはアパート住まいなので、それはナシです。

でもHeidiさん、スルドイですね~。ではっ!

食中毒!?お見舞い申し上げます。
Heidi
お身体の具合はいかがでしょうか。食中毒はもう治りましたか?
巷の話で懐かしいです。JTB大分にJ1ビザを託す・・・のは、かなり勇気が要りますね(笑)私も会社で出張旅券の手配をしていたので、当時JTBとは取引がありました。大分時代も研究職だったのでしょうか?
今日は学校の帰り道、5台の消防車と救急車が町を騒がせていました。何だろう?と思ったら、行き先は隣の家の(私がステイ先の家族の長女夫婦の家)でビックリしました。幸い煙突内だけの発火だったようですが。モンタナも薪暖炉は使っていますか?煙突掃除は大事だよ~。
話は全く変わりますが、cooyouさんもmixiにも参加されているのでしょうか?
どうぞお体お大事になさって下さいね。

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 さてお久しぶり。食中毒で七転八倒しておりました(^.^ ;......とゆーのは冗談ですが、昨日は部屋でおとなしく映画みてました。見ていたのは「Harry Hotter and the camber of secrets」と「The Incredibles」、もいちど「Harry Hotter and the sorcerer's stone」と三本立て。まるで場末の映画館の様だな......


 ところで知っている方も居られると思うが、このハリーポッターシリーズ、原作者の意向により、出演者はほぼ英国出身者だとか。なんだかいや~んな感じだけど、まあオモシロイからいいか。これに関連して、Hermione役にCharlotte Churchがあがっていたらしいが、彼女は米国人とゆーことで却下されたとか。ホントかどーかしらんがね。Charlotte Churchといえば、あんまりかわい~のでジャケ買いしたとゆーのは冗談で、まだ10代にもかかわらずすばらしい歌唱力の娘だ。ワタシもCDを何枚か持っている。でもちょっと教会音楽っぽいから、聞くヒトを選ぶかもね。

 それと気になったのが一作目のサブタイトル。ワタシは最近までまったく興味がなかったものだから、この作品、英語でしか見たことがない。で、コチラでDVDを買ったとき、「Sorcerer's stone」と書いてあったので、てっきり「魔法の石」と解釈していたのだが、英国では「Philosopher's stone」なんだってね。これで日本語と一致したと思った。でもそこまで徹底してこだわるみたいだねぇ。劇中でもすべての台詞でこの言葉、入れ替えているそーな。

 さて本題のインターネッ。今日から地元のDSLサービスからQwestのDSLに移行することにした。理由は価格比に対しての回線速度。この前にQwestのテクニカルサービスに電話して、回線速度を確認したのだ。公称値1.5Mbpsでるとか言っても実際にはそんなに出ないことは知っていたしね。で、実際テクニカルに電話してみるも、ヤツら、宣伝をオウム返しの様にいいやがる。で、なんとか実効値を聞き出そうとすると、しらんの一点張りだ。ただ最大値(ワタシの解釈では1.5Mbps)の8割は保証するとか言ったので決めた。

 で実際はといえば......0.4Mbpsしか出ない。それでもほんのちょっとだけ前のサービスより速くなった。(前は0.38Mbps)まあ不満だらけだがね。ほかにも寄越してきたDSLモデム、どーやらワイヤレスルーター機能があるらしく、ワタシのルーターがお払い箱になっちまったよ。(ワタシのルーターでは接続できない。)まったくよけいな機能を付けるなよな、と思いつつもまあ、なんとか回線を復活させた。あとは前サービスの解約だが一波乱ありそう......

【2006/01/17 12:40】 | コンピュータ
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 昨夜、実験をしているときのことである。なんだか突然、腹痛、悪寒、胸焼け、便意、嘔吐感、手のしびれが襲ってきた。ホントーに突然にである。結構、重要な実験中だったのだが、このままではヤバかったので、装置を測定状態にしてトイレに駆け込む。いや~、10分ほど意識を失っていました(-"-;A ...

 たまたま先日の電話でPhillyの友人とボツリヌス菌のハナシをしていたので、トイレに引きこもっている間に脳裏にはボツリヌス菌の文字は浮かんでは消えていた。もちろんワタシはボツリヌス菌なんて使っていないので、そんな心配は無用(のハズ)なのだが、昨日のお昼がどーももっとも怪しそうだ。学食でツナサンドを食べたのだが、ソイツがもしかしたら悪かったのかもね。今日もまだ調子が悪いのだが、(なにか摂った後に必ずおなかが痛くなる。)、なんとか多めに水分を摂ってしのいでいる。だから今日は実験どころではなかったな。

 そんなワケなので、今日はWal☆MartでHarry Potterの2作目の映画を買ってきた。(でも値段が普段の価格に戻っていた_| ̄|○ ガクッ)今日はソイツでも見ながら、ボケ~ッとしていようと思う。それでわっ!

 

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【2006/01/15 12:52】 | 生活
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pluto2.jpg 今日は郵便受けを見に行く時に目の前の夜空にオリオン座が浮かんでいた。そーいえば昨日からデスクトップの壁紙をハッブルが撮影した高解像度のオリオン座大星雲の写真にしたな~とボ~っと考えていたのだった。

 日本のメディアでは朝日新聞しか取り上げていなかったが、今月の17日、米東海岸時間で昼1時24分に冥王星探査機「New Horizons」が打ち上げられるそうだ。てっきりNASAの予算縮小のあおりを受けて、冥王星探査計画は頓挫したものだと思っていたのだが、着々と根回しをしていたみたいだね。来週には宇宙へ旅立つ模様。
 さすがに朝日新聞だけがソースとゆーのも心許ないので、ちょっとNASAのサイトを探してみたら、見つかったのはJohn Hopkinsの物理学科のサイトだ。もちろんNASAにもこのNew Horizonsのサイトはあるのだが、どーやらJohn Hopkinsが主体になっているみたい。
 さてこの探査機のスケジュールを見ると、意外とはやく冥王星に辿り着くみたいだね。(予定では2015年とゆーことなので約8年で着くことになる。)いやーちょっと楽しみだな~。

 ところでクラシック音楽のハナシになるのだが太陽系の惑星群を題材にした組曲がある。Gustav Holstの組曲「惑星」だ。ワタシはずいぶんむかしに右のAmazonのリンクにあるLPを購入したことがあり、未だに日本の自宅にあるはずだ。まあなかなか有名な曲でもあるのでご存じの方も居られるハズ。最近では平原綾香がデビュー曲としてこの組曲「惑星」の「木星」をベースとした曲を発表している。(これはiTMSでも試聴、購入可能。)まっ、そんなカンジなので、「木星」の知名度はこの組曲「惑星」のなかでは特に大きいわけだが、ワタシが好きなのは最後の「海王星~神秘なる者」である。基本的に女性声楽曲なのだが、最後は消え入るようなカンジがゾクゾクするわけだ。
 そんな組曲「惑星」だが、地球はともかくとして、今日のお題の冥王星が含まれていない。これはこの曲の発表が1916年であるのに対して、冥王星の発見が1930年であるためである。

 ハナシは再び「New Horizons」に戻るが、この探査機の測定装置の名称がなんだかほほえましい。Ralph(可視および赤外分光器)、Alice(紫外分光器)、REX(ラジオ波測定器)はいいとして、SWAP(太陽風の測定器)やPEPSSI(質量分析器の一種か?)なんてのはなんだかフザケているよーな気すら感じられるのだが......まあともかくとして50億キロの長旅の平穏を祈ろうか。

 と、アサヒのニュースを見ていたら、再び冥王星関連の記事。MITのグループが冥王星の衛星「カロン」に関する研究成果を発表したそーだ。

衛星に大気なし、地表は「逆温暖化」 冥王星の「ナゾ」

 太陽系の第9惑星の冥王星を回っている衛星(月)の「カロン」には大気がないことを、米マサチューセッツ工科大などの研究グループが突き止めた。直径が冥王星の半分もあるカロンがどうやってできたのかは謎。グループは、冥王星に天体が衝突し、吹き飛ばされたちりが集まってカロンができた、という説と観測結果が合うとしている。5日付の英科学誌ネイチャーで発表した。


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【2006/01/13 16:03】 | 宇宙
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 モンタナの出来事とゆーことで、おもしろい記事を発見。

再送:食肉処理場から逃亡の牛、脱出成功で「助命」に

 [サルモン(米アイダホ州) 10日 ロイター] 先週米モンタナ州の食肉処理場から逃げ出した1頭の雌牛が「助命」されることになった。関係者が10日明らかにした。
 グレートフォールズにある食肉加工工場のマネージャーのモリスさんは、この牛がミズーリ川を渡り切るのを見た瞬間、助命することを決めたという。
 その牛を今後どうするかについて、地元住民らは、モンタナ州の放牧地で飼い続けるか、シアトルの動物保護区域に送るかを電話による世論調査で選ぶ予定。
 モリスさんによると、この雌牛「モリー」が今回の件で有名になったことから、テレビなど報道機関からのインタビュー依頼や、国内外からの問い合わせが殺到しているという。
 モリスさんは、「これまでずっと牛を飼ってきたが、まったく驚いた。牛とは思えない行動をとった」と述べた。
(ロイター) - 1月11日21時29分更新


montana.jpg この話を今朝、ラボに仲間に話していたら、Doreenは知っていた。どうもAP通信が流していたらしく世界中に配信された模様。上記の記事は匿名掲示板のニュー速板からたどってきたのだが、日本語の記事がでていることにボスも驚いて(とゆーかあきれて)いた。さてローカル誌を探してみたら......ありました。まさにGreat Fallsのローカル誌、グレートフォールズトリビューンに掲載されていた。モーリーB(逃走したウシ)の写真も掲載されているのだが、笑えるのはその逃走経路まで掲載されていること。町の真ん中にミズーリ河が流れているのでそこを渡ったらしい。(ちなみにモーリーBの由来は、"Her swim across the Missouri River earned her the name Molly B. for the Titanic's "Unsinkable Molly Brown."だそーだ。)

(追記) ちなみにGreat Fallsはモンタナの北の方にある。昨年の夏にグレイシア国立公園に向かうときに通過した場所だ。上の地図をクリックすれば拡大されるが、そこにはいくつかのネイティヴの居留地を記載した。(実際、その辺を通ると荒野というコトバを改めてかみしめることができる。)
 さてモーリーBの逃走路はGoogle Earthでも作ってみたので参考にしていただければ(何の?)幸いである。

G_Falls.jpg


【2006/01/12 10:29】 | 時事の話題
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食中毒?!
cooyou
昨日、急激な吐き気と胸焼け、便意、発汗、寒気が同時に襲ってきたのでブログのチェックができませんでした。ごめんなさい<(_ _)>

ハナシはかわって、たしかにあの荒野を見るとネイティヴの人たちもそうだけどルイスとクラークの探検隊一行もこれを200年前に越えてきたんだから、あらためてその偉業に感心してしまいますね。



蒼流
まさにその言葉を実感できますよね・・
蒼流も近くを通過した時にそう思いました。
なんとも言いがたい気分でしたわ・・
と思えば、ある程度栄えてる居住区もあったり・・。

今、住んでいる家のすぐそばも居住区なのですが
こちらは割と開けてる方になるんですけど
やはり奥地の方は荒野みたいです。
居住区とそうじゃない地区。
比べるとかなりの差があるのは歴然・・・
なんとも言えない感じです・・・。


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 とうとうでたね~、Intel製CPUを搭載したマッキントッシュ。今回はエントリレベルのiMacとAppleの主力ラップトップのPowerBookシリーズ(名称はMac Book Proだそーな)に搭載されるとか。しかも本年中にマッキントッシュ全機種をIntel製CPUに置き換えるとかいうハナシだが、64bitの問題は大丈夫なのかな?これまでのPowerBook G4の4倍速いとのことだけど、これまでのIntel CPUとPowerPCシリーズの比較記事とかはどう折り合いをつけるんだ?(さんざん禿がPowerPCの優位性を主張していたこと。もちろんあれはPentium4シリーズを対象としていたけどね。)

 新しいアーキテクチャーを採用を発表したApple創立30周年だが、これ以外にもなにかあるかねぇ?もちろんしばらくマックを買う予定とかないけど、昔使っていたから思い入れがあるものでね。

 ところで韓国のES細胞ねつ造(疑惑とゆーか、そのものか......)で話題の黄教授の続報がYahoo Japan!のトップにあがっていたけど、そのうちちょっと引っかかる内容があった。

<ES細胞>黄教授の「最高科学者」選定を撤回 韓国政府

 【ソウル堀山明子】韓国の黄禹錫(ファンウソク)ソウル大教授が胚(はい)性幹細胞(ES細胞)研究論文をねつ造した事件で、韓国政府は11日、対策会議を開き、昨年6月に黄教授を国内初の「最高科学者」に選んだ決定を撤回した。黄教授は最高科学者として年間30億ウオン(約3億5000万円)が5年間支援されることになっていた。韓国政府は他の研究費予算についても監査院の監査を経て削減する方針
 一方、ソウル大の鄭雲燦(チョンウンチャン)総長は同日の記者会見で声明を発表し、「難病治療に希望を抱いた多くの国民を失望させた」と国民に謝罪をした。また鄭総長は、懲戒委員会に関係者を懲戒するよう要請したと明らかにし、対策委員会で再発防止に努める考えを強調した。
 鄭総長は今回の事件の背景について「国益の大義名分の下、黄教授の研究への期待を過度に増大させた」と指摘。目的達成のために手段を選ばない結果至上主義が横行する社会意識を変える必要があるとの認識を示した。
(毎日新聞) - 1月11日12時59分更新


 赤文字の部分だけどさ、韓国政府のこの態度はちょっと疑問かな。確かに黄教授のねつ造は同じ科学者として怒りすら覚えるけど、だからといってほかの韓国の科学者もそのあおりを受けるのはどうかと思う。これは黄という人物を作りだした韓国社会の一端を反映しているんじゃないかな~。

【2006/01/11 10:35】 | コンピュータ
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 本日二本目のエントリ。ナゼって、ヒマだからさ~、とゆーのは冗談でNSFのレポート書き上げて、夕飯の支度までちょっと時間があるかな~と思ったからさっ!(ちなみに今日の夕食はアルフレッドソースのパスタ。我ながら意外とうまそうに見える......)

 そんなワケで今日はこれまでの東海岸ブルワリ開拓の総括をしようと思う。実は写真に撮っていないものもあるので、全部の記録にはならないのだが、もし近くに住んでるっ!とか、行ってみたいっ!とかゆーことだったら、是非、活用していただきたい。(えっ?そんなたいそうなもんじゃないよ~)

東海岸部~エリアかくだ~いRed Star Brewery & RestaurantOtto Pub & BreweryYuengling & son BrewingBube's BreweryHeartland BreweryDeGroen's Grill Baltimore Brewing CompanyCapitol Brewery未紹介、JJ Bitterny Brewery未紹介、Dogfish Head Brewery

 さて上の地図のブルワリのマークをクリックするとワタシのブログの関連エントリに吹っ飛んでいくのでご利用ください。

 今日はさらに新たに一つブルワリを紹介しよう。たぶんあんまりにマイナーなので、PA在住の方もあまり気がつかないかもしれない。しかも目立たないので見つからず、最後には周辺住民の案内で辿り着いたのであった。さてその名はStoudt's Brewing Company。正確にはレストランでどうもステーキのお店らしい。ペンシルヴァニア州、Adamstownという場所にある。我々はたしかReadingのPagodaCentraliaに行ってきた帰りに寄った記憶がある。

Stoudt's Brewing Company
Front.jpg
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Stoudt.jpg
正面の看板醸造用タンクそしてシュタウト

 目印は牛の看板が道路沿いにたたずんでいるので、知っていれば便利なランドマークになる。店の名前もシュタウトなので黒ビールをオーダー。ステーキと合うんだな~、これが。さてBSEを不安に思う人は行かない方が良いだろうが、在米邦人は選択の余地がないね。

【2006/01/09 10:01】 | ブルワリ
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半袖にビーチサンダル(;´Д`A ```
cooyou
CATさん、あけましておめでとうございます。こちらは雪で、すごく寒いです(^▽^;)

さてさてビールの種類なのですが、エックスガールフレンド(モトカノ)が詳しかったのです(T△T)(カノジョはビアテイスターの資格を持っているのだ。)だからワタシはすごい詳しいワケではないのですが、そのうちに簡単のエントリで説明しましょう~。

こちらこそ、今年もよろしく~。


CAT
ちょっと、遅れましたが、
新年のご挨拶を申し上げますv-254

雪?!ですか。。。v-12
こちらは半そでにビーサンでしたv-227

黒ビール、おいしそうですねぇ~~
でも、お恥ずかしながら、エールやシュタウトなど、どれがどんなビールなのか、わからないのですv-15

ビールの種類についてのCOOYOUさんの記事がありましたら、お教え下さいv-238

今年もよろしくねv-10



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2006_0108_100137.jpg 今日は雪。それでも近くの教会には沢山のクルマがとまっている。改めて米国人は信心深いヒトたちが多いんだなぁと思う。(勿論、全部じゃないが。)

 冷蔵庫に食料のストックが無い(ビールはナゼか昨日買ってきた(;´▽`A``)ので買い出しに行かなければならないのだが、基本的に家でNSFのプログレスレポート(進捗状況報告書)を書かなければ......

 さて本日は久しぶりにコンピュータの話題だ。Las Vegasでは2006 International CES(Consumer Electronics Show)が開催されている。(年末のIT関連のサイト記事では新年早々から渡米しなければならないと、嘆きとゆーか自慢とゆーか、そんなつぶやきが散見されていた。)さてこれはなにかとゆーと、簡単に言えば全世界のIT関連企業(IntelとかMicrosoftみたいな会社)の新製品の発表会みたいなものである。個人的に興味があったのはIntelの新型CPUであるが、(ウェブにアップされている記事を読む限りに於いては)多くはソフトウェア関連やコンテンツサービスのアピール合戦に終始しているみたいだった。たとえばサーチエンジンで有名なGoogleYahoo!のCEOが基調講演をしているのだが、それらの内容はソフトウェアコンテンツの在り方やらインターネットとモバイル(携帯などのガジェット)との融合など、あんまり具体的にピンと来ないものばかりであったね。

 そんなソフトウェア関連の大御所ではMicrosoftのビル・ゲイツが次期Windows OS、Vistaの紹介をしていたらしいが、それも別に今のOSにそんなに不便を感じていないし、なによりもハードウェア側の要求が高そうな外観だったので、なにもいそいでアップデートしようとゆー気にはならない。この辺はMac OSを使っていた頃(System 7の時代)のアップデートに関する感覚と大きく異なる。今のOS(OS X)はよくわからないのだが、当時はアップデートをそんなに敷居の高いものだとは感じていなかった。実際、ハードウェアの要求もそんな高くなかったし、逆にアップデートすることで体感的に快適になったものだ。

 まあそれはともかくとして、Intelの新型コア、「Yonah」の正式発表である。このCPUの特徴は2つのコアをもつというもの。Intelが設計段階からデュアルコア最適化を施してきたものであり、事実上、Intelの(商用では)最初の統合されたデュアルCPUである。(ここではPentium Dはカウントしていない。理由は......まあご想像にお任せします。)CESのレポートでは一斉にこのYonah搭載のラップトップが各社から出そろっていたようだ

 ここでこのYonahの公式発表にはもう一つ、重要な意味がある。それは昨年初頭に禿(注:AppleのCEO、スティーヴ・ジョブスのこと。コレは敬意を表しているのであしからず。)がMacintoshのCPUにIntel製ののもを採用すると言ったこと。それはラップトップから始まるということで、ご丁寧にIntelのCEO、ポール・オッテリーニを講演に招聘していた。つまり、(あくまで私的な推測なのだが、たぶん多くのヒトが思っている)新しいMacintoshのラップトップにはこのYonah(正式にはIntel Core)を採用するのではないかということだ。ただここで疑問なのはこのIntel CoreにはEMT64技術(64bitコードを走らせる為の命令セット回路)が内包されていないのだ。その一方で現行Macintosh(ここではデスクトップの方)のPowerPC970は64bitでCPUであり、64bitコードを走らせることができる。だからなのだろーけど、禿はノートPCから採用していくと公言したのだろう。ただその場合、OS Xの64bitコードの恩恵は受けることができないわけだ。まあでもOS Xはその辺はシームレスなので私ら一般人には杞憂なのだけどね。

 とにかくこの春には新型のMacintoshのラップトップが実にウン年ぶりに登場するわけだ。もしマックをこれから新調しようというヒトがいたら、このIntel Core搭載機の発表を待った方が良いと思うよ。ただし(マックの)デスクトップの方はおそらく次世代のMeromだと思うけどね。

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【2006/01/09 03:13】 | コンピュータ
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 今日は仕事の後に、最近、Ph.D.を取得してラボを去ったGregのサプライズパーティ(誕生日)に参加した。沢山のヒト、ヒト、ヒト。サマースクールのWesも来ていたので、ちょっと歓談した。彼の高校の同期の女の子はどーもアジア系二世だったみたい。彼らはサウスダコタのRapid City出身。改めていろいろなヒトたちと出会うという可能性を認識したなぁ~。

 改めてこの米国社会を考える。いつぞやのエントリで言及した人種差別も多々あるこの世界。ただそれだけではなくて、それ以上に親切なとゆーか、「みんな仲間~」みたいなノリの人たちもいるワケだ。

 昔、アメリカに来る前に、ある先輩が私に(忠告として)言ってきた言葉。「絶対、結婚してからいけ。さもないとパーティとか呼んでもらえないぞ。」とか「なかなか日本人とか見つからない時とかは、孤独だった。」とか。

 でもね、ワタシはちゃんと生きてるよ。それなりに(未だたどたどしい英語だけど)いろんな人たちと出会えるし、ナニカのパーティとか呼んでもらえるよ。理系だから、たしかにコミュニケーション能力は劣っているかもしれないけれど、それなりに生きています。

 たぶん今の日本人に必要なのはカラを破るチカラなのかな?

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【2006/01/07 14:51】 | 生活
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激しく酔ってました≦(._.)≧
cooyou
piggyさん、あけましておめでとうございます。(たぶん言ってないので......)さてこのエントリ、Gregの家から帰ってきた直後にあげたので、激しく酔っていました<( ̄∇ ̄)ゞでもこんな酔っぱらい戯言におつきあいあただき、ありがとう~。(でもこんな時だからホンネが見え隠れするのかも......)

 さてpiggyさんのおっしゃる様に、だkれかが話しかけてくれるよね~。Gregに「帰るよ~」といったら、もちあげられてしまいますた( ̄Д ̄;;


piggy
確かに、(私から見たら)大人ばかりのパーティなどでは、基本単位が夫婦もしくはカップル、というのが多い気がします。
で、一人で来てるの私だけじゃんっとしばらくしてから気づいて動揺するアジア娘がここに(笑)
でも何かしら声をかけてくれて輪に入れてくれるフレンドリーな人が誰かしらいるもので、それで私もなんとか生きてます(笑)

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 なんだか正月早々忙しい。今日も早朝からタンパク質の精製。これは新人さんのトレーニングも兼ねている。また経過報告が午前中にあったので、なかなかタイトなスケジュールだった。
 さて今日は前回のエントリに味をしめたので、再びGoogle Earthを利用したコレまで走行してきた場所を紹介しよう。昨年の夏に学会の為、ミシガンのAnn Arborに行って来たハナシはどこかでしたと思うのだが、そのときの移動の軌跡である。
今度は西部たらい回し~Theodore Roosevelt National ParkAlexandria, MNRockford, ILAnn Arbor, MIO'Hare Int'l AirportSioux Falls, SDVillage 1880, SDBadland Natonal ParkDevil's Tower National MonumentGillette, WY

 これは学会参加も兼ねた旅だったのだが、復路ではシカゴのオヘア空港で友人をピックアップし、一路モンタナへ向かったのだった。ちなみに水色のルートは引っ越しの際にも通ったので、二回目の通過であった。
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ウィスコンシンにあった変なカタチの岩I90とI94の分岐。この先、モンタナまで合流しない。前エントリで紹介したミシシッピ河を越えてすぐの登り坂。夏だとこうも違うのだよ。
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どこかの夕暮れ列車を改装したレストラン。白人でいっぱいだった。Badlandの夕暮れ時。彼方には雨と雷が......
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陽光陰りそして虹

 さてモンタナやサウスダコタ、ワイオミングは夏の天候は不安定だ。雨や雷にあうことが多い。夏にこのあたりを訪れる予定の方はご留意を。

【2006/01/05 12:05】 | たらい回し
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西へ西へ~
cooyou
ブログペットのきゅーも興味を持った岩......さて何人も興味を持つこの岩はなんでしょう?でもさすがにまた行って来いといっても......

さてSeattleはパスポートの切れる前、つまり3月23日以前に行かなければなりません。それに反してロッキー山脈の雪がイヤなのでできるだけ暖かい時を見計らって行きたいのも事実。さてどーしたものか(〃´o`)=3 フゥ

岩・・・w
蒼流
ウィスコンシンでの不思議な形の岩・・・
蒼流も気になり、写真撮りまくりましたw
BadlandもI-90からの写真しか撮らず、
近くまで行かなかったので、cooyouさまの写真を
拝見できて嬉しかったです(*^▽^*)

今年はSeattleまで来られるとの事、
道中お気をつけてくださいませ。






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 以前から、「デラウェアから引っ越してきた」とか「東海岸に住んでいた」とか書いているのだが、おそらく今住んでいる場所とデラウェアの位置関係を想像しにくいと思う。そこで今回はGoogle Earthを使って、昨年引っ越しで通ってきた道のりを描いてみよう。
一人でお引っ越し~Breezewood, PAToledo, OHMadison, WISioux Falls, SDBuffalo, WY


 目印を付けたのは泊まった場所である。ちょうど昨年の1月終わりに6日間かけて移動した軌跡だ。全走行距離は2195マイル(3512キロメートル)だ。しかし意外なことにこの距離はこの夏に学会で行って来たミシガンのAnn Arborへの往復(3266マイル)よりも短いのだ。まあこれは季節が冬だったということもあり、6日かかったのだと思う。

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一日目:ペンシルヴァニアのBreezewood。と~っても寒かったやはりPAのGreensburg、Red Starというブルワリがある2日目:オハイオのToledo。
Chicago.jpg
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シカゴのやたら狭いハイウェイ3日目、ウィスコンシンのMadisonにあるモーテルウィスコンシンとミネソタの州境にもなっているミシシッピ河、うぁ~氷が張ってるよ~
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ミネソタは南の方を走ったのでなにもなかった4日目のサウスダコタのSioux Falls。雪が降って泣きそうにミズーリ河を越える
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サウスダコタのどこか。ヤバイくらいナニも無しRapid Cityの近くだがやはり寂しい6日目のお昼にはBillingsまで辿り着いた

 なにが一番不安だったかといえば、ミネソタとサウスダコタの誰一人いない冬の荒野。それと日没頃にガソリンが尽きかけたにもかかわらず、どこにもスタンドが現れなかったとき。

 そんなわけでほぼアメリカ横断をしたのだが、この春、ついにSeattleまで行くことになった。ってゆーか行かなければならないのだ。パスポートが今年の春で切れるので更新しにいかなければならない。そしてここから一番近い領事館がSeattleにあるとゆーわけ。その辺はまた追々、このブログで紹介しよう。

【2006/01/03 13:56】 | トラベル
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ハイっ、I90です
cooyou
ここを通った時、どれだけの日本人が通過したのだろ~か?とふと思っていたのですが、ここにいた~っ、ΣΣ( ̄◇ ̄;)!ハウッ!?

I-90ですね・・w
蒼流
蒼流がミネソタ~ワシントンを横断した時に
通った!-90ですね♪ 懐かしいです(*^▽^*)

ウィスコンシンあたりから見覚えのある場所ばかり・・w
サウスダコタの何も無い所・・とか、車で走ってると
妙に寂しくなってきますよね・・(T▽T) 蒼流だけなのかなぁ・・・?w



こちらこそよろしく!
cooyou
Heidiさま、

 コメント、ありがとうございます。それとちょっと遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。今年もよろしく。(しかし、この言葉、あんまり使ってないな~(^ ^;Δ)

 あらためて写真を眺めてみると、冬と夏がこんなにも雰囲気が違うんだな~と感じます。(まあ夏は友人と一緒だったというのもありますが)


あけましておめでとうございます!
Heidi
一人でお引越し・・・。不安と孤独と、色んなことが写真から伺えました。確かに泣きそうにも・・・なりますよね(;_;)それにしても3512km、すごい走行距離。デラウェア、東海岸、モンタナ、位置関係がよく分かりました。私も誰か引っ越す人がいたら、ついて行ってみたいものです。(・・・単なる好奇心^^;)
cooyouさんのBlogに出会えたことは、私にとってとても刺激的でした。今年も、宜しくお願いします!

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 新年あけまして、おめでとうございます。このブログに訪れてくださった方、興味を持ってくださった方、そしてコメントなどを残してくださったかた、本当にどうもありがとうございます<(_ _)>
 昨年はいろいろとありましたが、今年もまたこのBig Sky Countryで頑張っていこうと思いますのでどうぞよろしくお願い申し上げます。

cooyou

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【2006/01/01 23:46】 | ごあいさつ
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あけてしまってオメデトブルドーザー!!ε≡≡(◎ ̄▽) ━┫☆ ⌒(+o+)ポテ!
cooyou
いえいえ、コメントありがとう~。こちらこそよろしくね~( ̄  ̄)………( ̄∇ ̄)ニヤッ

あけちゃいましたけど・・w
蒼流
ご挨拶が遅くなりましたけど・・・

明けましておめでとうございます♪
今年も宜しくお願い申し上げます(*- -)(*_ _)ペコリ

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liscence_plate.jpg 先ほど駐車場の雪の中をあさっていると、なくしたナンバープレートを見つけた。これでとりあえずは違反キップをきられることはなくなったわけだが、プレートの固定具の破損が著しい。これは早速、新年にでも連絡して立て替えてもらわなければ。
 さて今年もあとのこり6時間たらず(山岳標準時間で)。今日は仕事納め(?)のつもりでラボにちょっとだけ行って来た。涸らしたカラムを再充填するためだ。高濃度塩で洗浄している間、気晴らしもかねてキャンパス内をまた散策した。その間にいろいろなことを思い出して。

 まず今年の一番大きな出来事はアメリカ準横断だと思う。今年の1月終わりにデラウェアからモンタナまでクルマで移動したのだ。

delaware.jpg
montana.jpg
ここからここへ

 冬季だったので、6日かかってモンタナまでやってきた。またデラウェアでの出来事も突然だったため、金銭面や生活の変化、人間関係などいろいろと苦労した。たとえば日本に住んでいるヒトと電話での会話の時の考え方の齟齬や、認識、感覚など。いずれもただでさえ伝え難いものであるが、そういうことは多々あったと思う。ワタシは学位を取るときは日本の大学だったので、そのときの気違いじみた生活はしっているし、較べてアメリカのそれは明らかに緩やかだということも理解している。日本での研究は、おそらくそういった学生時代の生活の延長上に成り立っているため、博士研究員となっても同様の生活パターンを続けるが、アメリカではそういったことはない。(それ故に日本人はワークホリックだと言われるわけだが......)また日本でのそういった生活は何かしらの強迫観念を与え続けていたように感じてならない。昨日、東京の国立大で博士研究員として従事している後輩とSkypeを介して電話していたが、それは彼の現在の状況や言動からも感じられた。

 だとすればワタシは日本に戻ってやっていけるのだろうか?そんな不安が脳裏をかすめるのだ。ただワタシもアメリカに正味4年半すんでいるので、その経験もまた価値のあるモノなのだろう。(少なくとも自分にはそう言い聞かせている。)たとえば、日本の人たちにしてみれば在米日本人は結構、のほほ~んと暮らしているかのように思われるだろう。しかし、そういった旨みだけが海外生活でもないのである。通常、日本人が日本に住んでいる限りは、人種差別というものには無縁だと思う。しかし、アメリカではこれが厳然たる現実として存在している。そしてワタシも人種差別を受けているという経験が多々、あったわけだ。もちろん、それが10割というわけではない。ただ確実にどこかに内在しており、長く異邦人で在り続ける限りはその経験を伴うということである。これは日本から出たことのない邦人には説明しても、わからないであろう。いや知識としては知っていてもそれを体感するのとはやはり違うのだ。

m_hall.jpg
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 たとえそんな不快なことをあえて受けたとしても、海外での経験は確実に在外邦人のなかで昇華されると思う。これはそして本当に日本が世界の矢面に立つときの為の通過儀礼だと思うのだ。

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 今年1年を振り返って、相変わらずだらしがない生活だったが、それなりに自己も進歩していると思う。それが幻想なのかもしれないけれどそう信じたい。

 それではみなさん、良い年の瀬をお過ごしください。

cooyou

【2006/01/01 10:09】 | 考えること
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時のはじまり
cooyou
Heidiさん、このエントリに対する、ご感想、ありがとうございます。あの日はちょっと物思いに耽っておりました。そんな中の独り言みたいなものだったのですが、以下のコメントをいただきとってもうれしいです。

 私のアタマは未だに日本語を基本言語として考えています。(たぶん英語にはならないでしょう。)それは遠い祖国に対する憧憬であったり、いつか帰るという決意なのかもしれません。その影響もあるのでしょね、今、外国に居る自分はおそらく日本に居たときの自分とくらべて何倍も強く日本の将来を想っていると実感しております。でもそれは行き過ぎてはいけないと思うし、自虐的でもやはりダメだと思う。その絶妙なバランスの上に立って物事を見るためにはどうすれば良いのだろうか?と常に自問しています。

 Heidiさんのおっしゃられる様なバランス感覚はとても大切なこと。だからそれをしっかりとココロに刻み込んでいこうと思います。

国際人って何だろう
Heidi
「たとえそんな不快なことをあえて受けたとしても、海外での経験は確実に在外邦人のなかで昇華されると思う。これはそして本当に日本が世界の矢面に立つときの為の通過儀礼だと思うのだ」
この言葉、とても勇気がもてました。
・マイノリティ
・日本ってどんな島?、そもそも日本ってどこ?
その他様々なこと。都会にいれば人種差別も尚更、日常茶飯事だと思います。 

 "和"は プラス+、"差"はマイナス-。

生活習慣やモノの考え方の違い、人との"差"を越えて、人の気持ちを理解しあえた時、和を生み出し、つながることができると思います。
祖国のアイデンティティを持ち、その人の持つ文化に畏敬の念を払う、私の目指す国際人的感覚はここにあります。
私も日本に帰ってからの”バランス感覚”を大切にしたいと思いました。

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