米国けんきゅうにっき 惑星を救った時代
学位取得後、研究者として米国へ。このさきどのようなことが待ち受けているのでしょうか?
 今日はLabor Day。(日本とくらべて)米国で数少ない公式休日の一つだ。我が街は付近のNational Forestの山火事のおかげでものすごい煙。いつもなら見える山々がまったく見えないときた。まあそれは置いておいて、今日はラボにヒトが居ないのを見計らって、同位体実験(まあただ重水をつかうだけだが......)を行った。ウチはビンボーみたいで重水を購入するにもかなり拝み倒した。貴重な資源を外部因子(よーするに邪魔者)により台無しにしたくないということで、休日にやるということにあいなったワケである。

 その実験を終えて帰宅するも予想以上に効果的に時間を使えたので、寝る前にかなりの時間があった。そんなわけで先日、購入した「FF(ファイナル・ファンタジー) VII~Advent Children」を観ることにした。さて私的にFF VIIにはかなりの思い入れがある。時を遡ること、10年近く前、ワタシがまだ修士のころのことである。当時はまだ初代PS(プレイステーション)が出たばかりだった。そのときテレビのCFで宣伝していたのがこのFF VIIで、当時、ゲームマニアであったワタシに衝撃を与えた映像であった。当時のRPGといえばドラクエの様にコマンド選択をして平面的なグラフィクスの敵を相手にしたり、似たようなテクスチャのフィールドを歩き回ったり(まあそれはそれで楽しかったけどね)......そんな中、FF VIIは眼前に独立した仮想世界を映し出していたのである。画面の向こうは未知の世界、草原や山脈、氷河が広がっているのだ。そんな世界に魅了され、ワタシは「星を救うんだ~!」と雄叫びを上げながらラボから帰宅して、冒険に旅立ったものである。

 特にFFシリーズは劇場型RPGを標榜していたため、一部では一本道の自由度のないシナリオと揶揄されていたのであるが、ワタシは毎晩、夢中に世界を冒険していたのであった。そんな中、その世界にある「忘れ時の都」にて、主人公(クラウド)の大切な友、エリアスが宿敵(セフィロス)の刃に倒れるというイベントがあった。エリアスとはFF VIIではヒロイン扱いだったので、ここで死んでしまうというのは、当時のワタシにかなりのショックを与えたのである。

 さてハナシを戻そう。この今夜観た「Advent Children」はそのFF VIIの後日談のようなものだ。たぶん制作者側も「エリアスの死」というイベントに並々ならぬ感情を抱いていたのであろう。(だからこんな映像を作ったんだと思う。)内容はクラウドの「エリアスの死」に対する悔恨とそれに対する救い。最後のスタッフロールでクラウドがバイクに乗って(アメリカの荒野や草原みたいな場所を)疾走し、その草原の中にエリアスがたたずみ、笑顔で振り向くシーンはちょっと涙ぐんでしまった(/ヘ ̄、)

 「ああ、これで永かった心残りとはお別れだね。」そんな感情が沸き立つ秋の夜長であった。

【2006/09/05 13:06】 | ゲーム
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