米国けんきゅうにっき 夏の夜のちょっとしたオカルト(その1)
学位取得後、研究者として米国へ。このさきどのようなことが待ち受けているのでしょうか?
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 昨日は日本ではお盆で終戦記念だったね。こちらではオバマ大統領がここ、Bozemanに来訪し米国のヘルスケアについて演説したそうだ。同僚のJohnはその演説を聴きに行っていた。さて、そんなワタシの興味はあの小さな空港にAir Force Oneが着陸できるのかどーか......John曰く、駐機場にあったということなので、B747もあの空港に着陸できるらしい。



 今日はネットで見たチョビッとぞくぞくするお話を掲載しようと思うので、あんまりこの手のお話が好きでない方はご注意願いたい。書き込みは2000年の夏。期せずして、戦争にちょっと関係のあるお話である。書き込みの引用は以下。

紅殻って知ってますか?
1 名前:名無しさん投稿日:2000/08/10(木) 16:49

諏訪の出身です。
 小学校入学前(20数年前)、明け方物音で目が覚めて表を見ると、物置(というか倉)の周りを大人の男の人が何人も取り巻いていました。その後ろに白いワゴン車が止まっていて、わたしはなにか事故でもあって救急車でも来たのかと思い、じっと見ていました。
 暫くして物置の戸が開いて、父と叔父さんが出てきました。白っぽい着物を着た人を両脇から支えていて、その人の顔のあたりが妙に赤いので、一瞬怪我人なのかと思いました。
 しかし、そうではありませんでした。その人は、たしかに姿は人間でしたが、顔は土偶というか、お面みたいで、茹でたエビみたいに真っ赤だったのです。
「おう、今年のベンガラは、なかなかいい出来だ」
 周りの誰かが言いました。
 ベンガラは父と叔父に支えられ車に乗せられました。自力で歩いているようでした。その時には、手も足もむき出しで、やっぱり真っ赤でした。
 父は周りにいた人に深々とお辞儀をし、男たちも礼を返し、そそくさと帰っていきました。
 わたしは、見てはいけないものを見たのだと、本能的に思い、このことは絶対に口外しませんでした。
 それでも、その後、茹でたエビ・カニ、堆朱なんか見るとふとこの出来事を思い出し、いやな気分になったものです。
 先月、叔母が亡くなりました。父とベンガラを運んでいた叔父の奥さんです(父、母、叔父すべて故人です)。最後に会ったとき、叔母がエビセンの袋を握っているのを見て、ふとこの件を思い出し、話をしてしまったのです。
 叔母は当たり前のように
「昔は、どこの家でも造ってたけどねえ。もうないだろう」
 と言うのです。
「ベンガラだっけ?」
「そう。水銀使うからねえ、紅殻って言うんだけど、酷いことしたもんだねえ」
 つぶやくように言ったとたん、首をふって、後はだんまり。その後すぐ、亡くなりました。
 諏訪地方の出身のかた、20数年前は当たり前の風習だったらしい、紅殻というものをご存知なですか?


 ちょっと不気味な出だしだよね。そのあと次の書き込みが続く。

 メール拝見。紅殻? 蝦殻じゃない?
 昔夏休み、長野の親父の実家で、祖父さんが、造ってたのをかすかに記憶してるけど。文字通り蝦なのね。それもかなりでかい奴。でかいって言っても顔だけなんだけど、それが人間の顔くらいある。造りもんだと思うけど。そりゃそうだ、そんな大きな蝦いるわけないもんな。祖父さんに、なあに?って聞いたら、蝦殻だと教えてくれた。錆びたみたいな茶色で、そこに判子の朱肉みたいなものを、祖父さん、なすりつけるように塗っていた。おれ、蝦フライとか大好きだったから、おいしそうって言ったら、口に入れると○○(註;聾唖者のこと、1)になるぞって脅かされた。確かその後白い着物着せて、リヤカーで神社まで運んだはずだ。だから魔除けみたいなもんじゃないかな。今思い出して不思議なのは、おれの親父って7人兄弟なのね。そのとき、一族郎党、従兄弟なんか含めて、30人近く人が集まっていたはずなのに、祖父さんの作業を手伝ってた人いなかったし、見てたのもおれだけだった。
 大分後で、銀座の玩具屋でバルタン星人の巨大ソフビ見たとき、これを赤く塗ったら蝦殻だなと思ったのを覚えてる。そんなとこかな、役に立たなくてゴメン。もっと情報が欲しいなら、従兄弟連中に聞いてみるけど?

と、いうことでした。詳細な情報をお願いしておきました。「蝦殻」と聞いて、なにかドキリとしました。耳覚えのある響きだったからです。しかし、叔母が「紅殻」と言ったのも確かなのです。
さて、こんな昔のことで、スレッドを立てたり、知人にメイルしたのには理由があります。明日から、軽井沢にある、女房の実家の別荘にいくことになっています。その際、孫、娘(妻)を、義父母に預けて、わたし一人で諏訪に行ってみようと思い立ったからです。なにも予備知識がないより、付け焼き刃でも、なにか情報が得られたらと思い、皆さんの協力をお願いしました。もうしばらく、お付き合い下さい。帰京後詳しい報告をするつもりです。

先輩から続報が届きました。

 従兄弟何人かあたった結果。
 祖父さんは趣味で、お正月の飾り物作っていた。神社に奉納していたらしい。伊勢海老なんかも当然あった。ベンガラで染めていたかもしれない。でも、等身大の奴なんか、例え頭だけでも造らないだろう。それと、おれが見たの夏なんだけど、その時期に造ってたってのも変だって言ってた。でも、おれが親父の実家いったのは、お盆のときばっかだったし。正月は雪だ寒いだって言って、行った記憶無い。祖父さんが死んだのも夏だったし。こんなことしか分らなかった。おれの記憶違い?そんなことないと思うけど。


 書き手の先輩のお返事はちょいと拍子抜けの内容だったのだが、そのあと暗示的な書き込みが入る。(これは別のヒトの書き込みね)

113 名前:鹿島投稿日:2000/08/20(日) 20:17
不老不死を願う儀式で、選ばれた人が閉じこもって毎日少しづつ
丹とよばれる水銀を飲みます。
数カ月たつと血中にも水銀がかなり含まれ、体の表面にもにじみ
出てきて、真っ赤になります。
結局、肝臓を悪くして死んでしまうのですが、水銀の大量に含ま
れた人体はその後も腐らずに残ります。

秦氏の流れをくむ集落に残る因習です。



 なんだかこんな出だしだけど、このあと続く内容は伝奇的。1エントリでは収まらないので、続きは次回のエントリで。

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【2009/08/15 10:24】 | オカルト
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