米国けんきゅうにっき 夏の夜のちょっとしたオカルト(その4)
学位取得後、研究者として米国へ。このさきどのようなことが待ち受けているのでしょうか?
3つ前のエントリから読んでね!

 B氏から聞いた”ベンガラ”の話はとんでもない展開となってきた。かつて諏訪神社の副祝の一族であったB氏は旧陸軍が裏で計画していた「神ながら(かんながら)赤子還り」の神事を目撃していたのだ。つまり、国民一人一人が、神懸かり、古代の天皇の赤子、すなわち不死人に還る(蛙)というのだ。そして6人の若者がこの神事、いや人身御供に選ばれ、5人までが”赤子”となるのだが、この神事に疑問をもった1人、畑山はこの神事から逃走する。しかしながら、この畑山も最後には死体で見つかるのだが、それはどうやら別人だったらしい。それでは、この神事を施された”赤子”はいったい誰なのか?

Cさんの話
 Cさんは、諏訪国民学校の配属将校だった人で、畑山さんが脱走したとき山狩りに駆り出され、例の死体を発見した一人です。大変なお酒のみで、長野市在住。17日に川中島町の「鯨屋」という呑み屋で話をうかがいました。
 「赤蛙の神事」のことは薄々知ってはいた。その神事を汚すものがいて、スパイの疑いありということで、畑山捜索に加わった。死体は山のふもとで簡単に見つかった。腐乱死体に朱肉を塗りたくったような状況で、身元の確認も難しいと思えたが、軍部から検視必要無しという連絡が入り、そのまま発見地ちかくに埋められた(このあたりBさんの話とは多少異なりますが、Cさんは当事者でしたから、こちらが近いと思われます)。如何に戦時下とは言え、警察はないがしろにされたわけだが、U中将の力か、畑山さんの死は闇に葬られた。
 Cさんの話のポイントは、昭和23~24年ころ、長野市で発生した一家心中事件にあった。病苦の父親かかえた寡婦が、父親と自分の子供3人を鉈で殴り殺し、自ら首を吊るという悲惨な事件だった。Cさんは町内会の役員をしていた関係で、この家を訪れ、第一発見者になったわけだが、この家の中に、5つの死体以外に、2体いわゆる、わたしが見た「紅殻」、Bさんが見た赤い死体のようなものも同時に発見したのだった。
2つの不審な遺体は、警察に運ばれ司法解剖された。当時(今も?)長野県には監察医がいなかったので、解剖は信州大学の法医学教室で行われた。遺体は2つとも男性で、甲は30代~40代、乙はかなりの高齢者。死因は二人とも薬物中毒による肝臓壊死で、血液中から大量の水銀が見つかった。甲乙ともに栄養状態は極めて劣悪で、胃の中はほとんど空という状態だった。また両手足には長期にわたり緊縛されていたと思われる、皮膚の擦過傷および糜爛(びらん)が見られた。特記すべきは、両遺体がベンガラで赤く染められていたことだった。そのためか腐敗の進行は遅く、屍蝋もしくはミイラといった状態だった。遺体は経帷子様の白装束を身に纏っていた。そして、この2体は、床の間に安置され、某かの宗教的儀式に使われていた様子だった。第一発見者であるCさんは、直感的に、老父の病気快気を願って置かれた供物であろうと思ったと言う。
 結局二人の身元は分らずじまいで、検察は容疑者(娘)死亡、被害者不詳のまま殺人容疑で告訴した。
 Cさんの記憶では、そのとき県警の捜査一課の部長刑事が、「赤蛙」の話をして、多分、父親の病気が治るように、娘が生け贄を作ったのだという話をしたということだった。今ならカルト宗教ということで、マスコミが大騒ぎしたろうとCさんは言った。

今までの書き込みを再チェックしました「松本」を含め、誤字、脱字、書き忘れ多数ありました。少しフォローさせて下さい。

 *叔母の旧姓が「畑山」であること。諏訪には多い姓(しつこいようですが、実際は別の姓です)とか。しかし、畑山さんとの繋がりはありました。口述します。
 *蝦殻の件。先輩からのメイルが入っていました。これも後で書きます。


 この終戦後に起こった不可思議な一家心中事件は戦時中に秘密裏に行われていたという、”神ながら(かんながら)赤子還り”と様相が酷似していた。ここに畑山と間違われた遺体の正体の糸口があると思い、C氏はこの一家心中事件の担当刑事に尋ねたのだった。

Cさんの話(続き)
 Cさんが不思議に思ったのは、そのデカ長の顔に見覚えがなかったことでした。畑山さんの捜索に加わっていたなら、知らないはずはないのです。「赤蛙」の件も巡査部長が知っているようなことではないからです。
 Cさんは、刑事に詰問した。一介の警官が、なんで「赤蛙」について知っているのか? 刑事の答えは至極簡単だった。それは太古から続く諏訪神社の神事だ。むろん人間を生け贄にするようなことは、もう何百年も行われていないだろうが、戦時中必勝を祈って、人間を生け贄にしたような事件もあったのだ。畑山さんのことかと、Cさんは聞いた。刑事は言下に否定した。地元の分限者が、浮浪者を使って「赤蛙」を造る事件が発生して、それを担当したということだった。Cさんはふと思い当たって聞いた。犠牲者は一人ですか? 一人や二人じゃないだろうと刑事は答えた。救国を願う分限者は、金をばらまいて犠牲者を集めて、「赤蛙」を大量に生産していたようだ。それを聞いて、Cさんは、畑山さんの死体と間違えたものの正体が分ったと思ったそうだ。しかし、そんな事件が起こりながら、軍部はなぜ知らなかったのだろう。Cさんの疑問に刑事は笑って答えた。報告しなかったからさ。特に報告しろとはいわれなかった。最後の犠牲者らしき人物が見つかったという報告があったときも、軍からそのまま埋めよ指示がきて、やはり報告する必要はなかったのだと思った。
Cさんは、そのとき刑事に、旧陸軍が「赤蛙の神事」を行っていたことを説明しました。しかし、刑事は半信半疑の様子だったそうです。刑事の言によれば、国家的な機密にするようなことじゃなくて(むろん違法だけど)、隠れてやってるやつはいただろうということなのです。CさんはU中将がその件にからんでいたことは知りませんでしたから、戦時中の事件は単なる勘違いっだったのかとも思ったそうです(もっとも、わたしのこの件に関する知識も総てBさんの話のから得たものです。それが嘘でないと言う確信はありません。U中将の自殺の件といい、奥さんが宝塚といい、疑わしいといえば、本当に疑わしいのですが・・・。なおU中将と言う参謀は実在していました。故人ですが、死因は今のところ調べがついていません)。
 Cさんはご高齢のため、ここまで聞いて取材は打ち切りになりました(お孫さんが迎えにきました)。わたしはタクシーでホテルまでもどり、翌日軽井沢にもどりました。次の取材相手とは、軽井沢で会う約束をしていたのです。



 畑山と間違われた遺体はどうやら在野の救国を願う資産家が執り行った神事だったらしい......ここにきて唯一、”神ながら赤子還り”の神事から生き延びた青年、畑山がナゼ生還したのか、そして代替の遺体は誰だったのかが、おぼろげにわかってきた。

 しかし、この出来事の不気味さは別のところにあったのだ!!次のエントリは4人目の証言者、Dさんについてだ。

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【2009/08/16 20:40】 | オカルト
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