米国けんきゅうにっき 解き放たれる、つーか釈放?
学位取得後、研究者として米国へ。このさきどのようなことが待ち受けているのでしょうか?
blog_0825_2014_00.jpg 先週の金曜日がミシガン大ポスドクとしての勤務の最終日であった。ここに赴任したのが2011年の8月下旬。丸々3年間働いたことになる。ボスとの折り合いの悪かったミシガンでの3年間は個人的には正直なところ、”不愉快”の一言に尽きる。もちろんPIの資金で雇われて3年間を生き延びたわけであるから、文句を言っちゃいけないんだろーけど、最後にこのエントリにそのことをぶちまけたい。まず、写真のファイルはワタシの3年分の実験ノートと毎週提出したプログレスレポートである。実験ノート3冊で約1300ページ、レポートで500ページ超。合計1800ページの大作だ。ここにはシトクロムP450 2D6というヒト由来タンパク質の大腸菌発現系の構築、ちょう高純度タンパク質の精製法の確立、ミュータントの作成、分光学的分析に速度論的分析が記されている。


 何が不快だったのかと言えば、ボスがまったくこの仕事を評価しなかった(ように見えた)ことだ。その結果、毎週、毎回のミーティングのたびにダメだしや批判ばかりで、まったく建設的な話し合いが持てなかった。結局はこの3年間の結果からは論文は1報も出ていない。出てくる直前まで草稿は書き続けていたが、それもリビジョンの度にタイポやフォントサイズ、体裁の指摘ばかりで全然、サイエンスの話になっていない。挙げ句の果てに毎回の方針の転換やら自分の直したところのリライト(その直しも自筆なので、まず何が書かれているのを解読するのが大変!まあこれもヒトのことは言えんが...)で、すでになんだか訳がわからなくなっていた。というわけで、このネタが世に出るのは10年以内なら御の字である。まあ状況だけならDやMをとったときに似ているかな...


 ワタクシ的にはミシガンでの研究生活(ってゆーか生活)はイバラの道だったな~。まずここにきたとたんに2002年から乗っていたクルマがぶっ壊れた。これは最近、M先生の知り合いの方のKさんにガレージを紹介してもらいいろいろと見てもらったんだが、結論から言えばエンジン(カムシャフト)がもうどうしようもないとか。つまりエンジン載せ替えが必要だと。またモンタナから持ってきた自転車を盗まれたこと。鍵をU字キーとワイヤで2重にしていたにもかかわらずである。そして上記の研究のオマケに先週の終わりに2台の自宅のPCが立て続けにぶっ壊れた。もはや天啓である。まあワタシの厄年のあおりをモロに受けたミシガンでのバッドラックであるが、その中で良かったことと言えば、妻のMポンが就職先を見つけられた上に、筆頭著者で1報出せたことだろうな。


 さて最後に今後のことだが、ラボから解放されたおかげでやっと就活に集中できると思っている。テネシーの某大学のファカルティはダメでかな~り落ち込んだが、この間のデラウェアの某大学とUCSFポスドクの電話インタビューは結構良くできたと自画自賛。ただ後者はミシガンのボスと先方が電話で話し合った後に先方からのレスがトーンダウンしたので、まあそのカンバセーションでなんかあったんだろうな。案の定なんだが、先ほど別のヒトを採用したとのメールをいただいた。まあ言いたくないけどさ、なんかワタシの将来にケチをつけられまくっているような気がする。ホントーにホントーは言いたくないけどさ。


 まあこんなダークなこと書いているけど、ここでの仕事はもうオシマイ。気分一新ということで、最後にこのブログに残しておく。これから反撃ののろしを上げるのだから。


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【2014/08/25 20:51】 | 研究
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